保戸野山〜大須山
旧新治村南部の山々については、稲包山など二、三の山に登ったことはあるが、登山やスキーの行き帰りでR17(三国街道)を通る際に横目で見ていてもハッと目を引く山がなく、地味な印象が強くて、これまではあまり食指が動かなかった。
先日、この地域の山で『私が登った群馬300山』に紹介されている高畠山に登ってみたところ、思いの外に楽しめたので、他の山にも登ってみようという気になった。群馬300山を読み返すと、この辺でまだ登っていない山には赤沢山、大須山、雨見山(あまみやま)、保戸野山(ほどのさん)などがある。
保戸野山は山麓の合瀬(かっせ)集落から尾根を辿って往復できるそうだが、それだけでは半日行程でちょっと物足りない。大須山は吾妻・利根郡界稜線の直下を走る林道を利用して容易に登頂できるそうだが、ほとんどが林道歩きとなるのは面白みに欠ける。それならば、保戸野山からさらに尾根を辿って大須山まで登ったら、歩き応えのある面白い行程になるのでは、と単純に思い付く。
保戸野山〜大須山を歩いた山行記録はネット上には見当たらない。地形図の等高線から読み取る限りはなだらかな尾根で、難所はなさそう。復路は大須山北東の1147m標高点の尾根が下降できそうだし、途中で林道にエスケープすることも可能だ。と言う訳で、思い付きを実行に移して出かけてきましたが、想定外の種類の藪に遭遇して難儀しました。
桐生を未明に車で出発。関越道を月夜野ICで降りてR17を三国峠方面に向かい、法師温泉への県道に入って「合瀬大橋入口」の標識で左折する。この地点から見ると、雨見山は鈍角三角形のなかなか美麗な山容だ。一方、大須山は小さなピークを連ねて、どれが頂上か分かりにくい。保戸野山も稜線が背景の山に溶け込んで判別し難い。
西川を長大な合瀬大橋で渡ると、橋のたもとに不動滝(人影の滝)への遊歩道の入口がある。ここに立てられた案内板の略地図によると、すぐ近くの不動尊に駐車場があるとのことなので、そちらへ。合瀬集落の最初の民家の前で左折してすぐまた左折。幅が狭い道を通って駐車場に入り、車を置く。
今日は快晴で風もない穏やかな天気だ。しかし、先週からさらに冷え込んで、車外温度計は氷点下を示している。フリースを着込んで出発。まず、不動尊にお参りする。不動尊の下の谷に不動滝が架かるが、谷は深く切れ込んで、覗き込んでも滝は見えない。不動尊の堂は戸締まりされて、中は拝めない。境内には二体の馬頭観音像がある。それぞれ「宝暦七(1757)年十一月吉日」「安永三午(1774)年三月吉日 合瀬村」の銘のある古い物だ。
次は不動滝へ。遊歩道入口の案内板を改めて読む。曰く、合瀬集落の由来は寛治年間(平安時代後期)に遡る。奥州安倍氏家臣の長井左門兼政が敗軍の兵を率い、三国峠を越えて逃れようとした際、逃げ遅れて長井左門の一隊を追う二人の武士が、女堀峠(高畠山と雨見山の鞍部)を越えてこの地に辿り着いたが力尽き、滝壺に身を投じた。長井左門も永井で病没し、残された兵は永井と合瀬に居着いた。二人の武士の慰霊のために建てた祠が、いつしか不動尊を祀る社となった、とのこと。
不動滝への遊歩道は、階段や手摺が整備されているが、あまり歩かれていないようで、少々荒れ気味。合瀬大橋の下を潜り、西川の河原から支流の不動沢に入ったところに不動滝が落ちる。落差は約20m。高い岩壁をV字に割った渓流が、逆層の柱状節理から飛び出して落ち、なかなか見事な滝だ。岩壁の上には不動堂の屋根が見える。
滝見の後、保戸野山へ向かう。合瀬大橋のたもとから幅広い車道を緩く登り、送電線の下の切り開きの道を右に入る。送電鉄塔を過ぎて谷間の伐採地に出ると送電線巡視路の「←湯宿線87号」との標識があり、これにしたがって山道に入る。谷に向かって伐採地の脇を下り、函状の渓流を立派な鉄橋で渡る。
対岸の急斜面をプラ仮設階段でジグザグに登り、尾根の上に出る。2本の送電線が交差して、2基の送電鉄塔が建つ。上の送電鉄塔までは巡視路が通じている。登りで身体が温まってきたので、フリースを脱ぐ。鉄塔の基部からは、西川を隔てて唐沢山が眺められる。
鉄塔の先は道型はないものの、冬枯れの雑木林で藪のない尾根となり、歩き易い。落ち葉を踏んで緩く尾根を登る。左に浅い凹地を見ると段々傾斜が増して、結構な急登となる。
急坂を登り切った先も、雑木林の尾根の緩急のある登りが続く。やがて、送電鉄塔に到着。送電線の下の切り開きから展望が開け、左には頂上近くに紅白鉄塔が建つ大須山、右には三国峠や三国山が眺められる。
送電鉄塔から急坂をひと登りして、三角点標石と山名標識がある保戸野山頂上に着く。尾根の途中の小さな瘤で、あまり頂上という感じがしない。冬枯れの雑木林に囲まれて、展望は木の間のみ。風もなく、陽だまりに居ると、じっとしていても暖かい。少し休憩したのち、先に進む。さらにひと登りしたところが保戸野山最高点で、達筆標識がある。最高点といっても、ここも尾根の途中の瘤のような場所だ。
ここから、さらに尾根を辿って大須山を目指す。幅広い尾根を緩く下り、登りに転じると急な斜面となる。丈の低い笹が現れ始め、登るに連れて丈が高く、密になってくる。また、ポツポツとシャクナゲが現れる。
傾斜が緩み、尾根の幅が広がると、笹原を下生えとする雑木林となる。1210m標高点のある鞍部に向かって、膝程の高さの笹原をワシャワシャと搔き分けて緩く下る。
この辺りからシャクナゲが段々増えて、鞍部から北向きの急斜面に取り付くとシャクナゲの密藪に突入する。笹藪はある程度予想していたけれど、シャクナゲ藪(長いので、以下、本文中ではナゲ藪と略す)があるとは全く思ってもみなかったなあ。
急斜面を登り切ると、地形図から読み取れるよりも細くて小さなアップダウンのある尾根となる。左はシャクナゲはないが、とても歩けない急斜面、尾根上と右斜面はシャクナゲに覆われる。これだけまとまって多くのシャクナゲを見るのも、こんなにナゲ藪を漕ぐのも初めてだ。花が咲く時期にはさぞかし見事ではないかと思う(ただし、この辺りはヤマビルの生息域と聞くので、実際に観に行くかどうかは考えものだ)。
1320m圏のピークを越えるとようやくシャクナゲが消え、腰高の笹に覆われたなだらかな尾根となる。ナゲ藪を抜けるのに、距離約600mのところを1時間程かかった。シャクナゲに較べれば、笹藪は楽だ。尾根を辿って、郡界稜線直下の林道にようやく出る。
路面に薄っすらと雪が残る林道を歩いて、大須山に向かう。藪を漕がなくて良いのは有り難くて林道に感謝(^^)。林道は稜線の東や西を絡んで通じ、谷川連峰が見えたり、上ノ倉山辺りの上越国境稜線の山々が見えたりと、展望はなかなか開けている。
やがて、紅白鉄塔が建つ大須山が見えてくる。大須山の左(東)側を巻くと巡視路入口があり、笹原を綺麗に切り開いた道を少し登れば、巨大な紅白鉄塔の基部に着く。大須山の頂上は目と鼻の先だが、けもの道さえない程びっしりと深い笹藪に覆われている。諦めて笹藪に突入。腰高の笹原を漕いで頂上に登り着く。
頂上も一面の笹原に覆われる。東側の樹林が切れて、谷川連峰の眺めが良い。三角点標石はどこだろう。笹藪の中を探し回って、ようやくほとんど埋もれかけた標石を笹の根元に見出だす。頂上には休める場所が全くないので、紅白鉄塔の基部に戻って昼食とする。藪漕ぎの後の缶ビールは格別に美味い。鯖味噌煮と鍋焼きうどんを食べて、腹を満たす。
下山ルートの尾根は、林道を少し戻った地点のカーブミラーから入る。笹原に覆われたなだらかな尾根を、少し先の小ピークまで辿る。
小ピークで左に折れて下る。腰高の笹原に覆われているが、下りは楽勝だ。右手に木立を透かして雨見山を眺めながら、どんどん下る。
やがて傾斜が緩んで、標高1280m付近の弛みに着く。左に往路のナゲ藪の尾根を見る。少し細くなった尾根を辿ると、復路でもナゲ藪が出現。再び傾斜が増した尾根を、ナゲ藪を漕いで下る。こちらのナゲ藪は微かにけもの道が通じているので、比較的歩き易い。
やがてナゲ藪を抜けて、冬枯れの雑木林の尾根となる。この辺りの山では、どうも標高1200〜1300mにシャクナゲの生息域があるようだ。藪のない尾根を快適に下り、傾斜が緩んで笹原に覆われた広い尾根になると、程なく林道に出る。
当初は、林道を横断して尾根を直進し、1147m標高点を越えて合瀬集落に下る予定であったが、この先の尾根も藪っぽく、もう藪漕ぎはお腹いっぱいだし、日没まであと2時間となって時間の余裕がないので、ここから林道を下ることにする。
後は林道歩きだけとなれば、気も楽だ。未舗装の荒れた林道をのんびり下る。雨見山を見上げながら山腹をトラバースし、それから谷間に沿って下る。
雨見橋を渡って数分の地点にゲートがあるが、開いている。さらに数分で立派な舗装道に出る。車道を下り、畑地に出たところで右の枝道から合瀬集落に入る。
途中、住人のおばあさんに会って挨拶すると、釣りかと尋ねられたので、山に登って来たと答える。保戸野山と雨見山は良くご存知だが、大須山は知らないそうだ。雨見山は集落から端正な山容が眺められるので、馴染みが深いのだろう。合瀬は5戸程のごく小さな集落で、すぐに通り抜けて不動尊の駐車場に着いた。
今回の保戸野山〜大須山の尾根は、シャクナゲの密藪に難儀して、お勧めできるルートではないが、終わってみれば程々な難度の藪漕ぎで、山らしくて充実した山歩きとなった。
帰りは猿ヶ京温泉のまんてん星の湯に立ち寄る。この季節、山歩きの後の温泉で冷えた身体を温めるのは本当に極楽。ゆっくり湯船に浸かったのち、とっぷりと日が暮れたなか、桐生への帰途についた。