発光山〜横根山
桐生在住の私にとって、足尾山地(北は大谷川、西は渡良瀬川で区切られ、南と東は関東平野に没する山地)は地元の山、ホームグラウンドという感覚なので、山名のあるピークには一通り登ってみたいと思っている(まあ、何時までかかるか、わからないが^^;)。この山域では一般登山道がある山は一部に限られ、道無き道でのみ登ることのできる山がたくさんある。一日歩いても他のハイカーさんに会わないことがざらなマイナー山域であるが、それだけに静かな山歩きが楽しめる。
余談だが、山域の名称について。足尾山地と足尾山塊は、名称は混同しやすいが、範囲は渡良瀬川を境に明確に区分される。足尾山地は北西から南東へ高度が漸減する傾動地塊で、傾斜方向に直線状に流れる谷と尾根が幾重にも並列する地形が特徴的な山域である。足尾山地の内、北部には前日光山地、南部には安蘇山塊という呼称がある。『関東周辺やまなみ歩き』では、足尾山地全体を安蘇山塊と称しているが、これには異論が多いだろう。山域全体が渡良瀬川水系にあるので渡良瀬山地という名称も適切と思えるが、地形図にも記載され、山域名として確立している足尾山地を用いることにしたい。
閑話休題。足尾山地の山歩きに関しては、マイナーな山域なので、本や雑誌よりも、道のない低山歩きを志向するその筋の方々のネット上の山行記録の方が情報源として豊富で、参考になることが多い。この山域の主な尾根を網羅的に登られた烏ケ森の住人さんのHP「日光連山ひとり山歩き」で、まだ登っていない山を調べているうちに、横根山近くの発光山(ほっこうさん)と粕尾山に興味が湧いてきた。この2座は野球親父さんときりんこさんが周回して歩いておられる。少し足を伸ばせば、横根山にも登れそうだ。
という訳で、余談と前置きが大変長くなりましたが、発光山〜横根山〜粕尾山を周回する計画を立てて、出かけてきました(実際には時間切れのため、粕尾山は未踏となった)。
桐生を早朝6時半に車で出発。先週と同じく、R50沿いの吉野家で朝飯をしっかり食べたのち、太田桐生ICから高速に乗る。栃木IC辺りで濃霧に包まれたが、高速を降りて北に向かうと霧は晴れる。大越路トンネルを抜けて、県道鹿沼足尾線で思川の上流に向かい、上粕尾小学校前バス停の隣りの広い路側スペースに車を置く。バス停には休憩所とWCがある。また、道を隔てた向かいに「録事尊地蔵観音堂」という扁額を掲げた小堂が建つ。有難い仏像が拝めるかも、と中を覗いたが、扉を閉じた厨子が見えただけだった。残念。
県道から斜め右に分かれる道を上がって、尾根末端に建つ日光神社に向かう。右手の山腹には、上粕尾小学校(2017年3月閉校)の大きな体育館が見える。日光神社の前には無人の社務所と豊年杉と呼ばれる杉の大木がある。石鳥居を潜って石段を登り、日光神社にお参り。手水の溜まり水に薄氷が張っている。今日は良く晴れて、冷え込みが厳しい。覆屋の中には立派な木の社が祀られている。
社殿裏手の杉檜植林帯の尾根を登る。道はないが、藪もなし。右下の谷間の集落を垣間見ながら、淡々と登る。崩れた石祠を過ぎ、展望のない尾根を辿る。傾斜は急過ぎも緩過ぎもなくて、登りが捗る。所々で作業道を横断。足尾山地の典型的な植林帯の尾根歩きだ。
少し傾斜が増して小ピークを越えると、右側が伐採された斜面となり、粕尾山に続く稜線が眺められる。梢に昨日降った雪が積もって、一面にうっすらと白くなっている。
細尾根の鞍部から急登。左の木の間に尾出山(おでやま)の端正な三角形のピークを望む。やがて右斜面が開けた尾根に出る。藪っぽい松の幼樹とその上に積もった雪が少々煩わしい。眺めは良く、これから辿る行く手の尾根筋や、振り返ってハナント山や、遥か遠くに双耳峰の筑波山を望む。筑波山の手前の平野部には雲海が広がって、あの辺りはまだ霧に覆われているようだ。
再び杉林と雑木林の尾根となり、防獣網に沿って急斜面を直登する。傾斜が緩み、薄っすらと積もった雪を踏んで進むと、三角点標石のある発光山に着く。杉林に囲まれ、展望は全くなし。如何にも足尾山地らしい、地味な頂だ(^^)。まあ、これで今日は目的の一つは果たした。以前は山名標があったそうだが、その類のものは何も見当たらない。なお、発光山の由来は、もちろん、南麓の発光路(ほっこうじ)集落だろう。高谷山の頂上にあったのと全く同じ型の温度計があり、0℃を指している。どおりで雪が解けずにサラッサラで、風が吹くと梢から粉雪が降ってくる訳だ。
発光山から薄雪の積もった坂を鞍部に下り、前日光林道に出る。ここから林道の向かいの急斜面を直登するのがルートだが、かなり急という情報があるので、林道を200m程左(西)に辿って、枝尾根から取り付くルートを探ってみる。しかし、枝尾根を回る鼻は高い法面に囲まれて、取りつく島がない。さっきの所しか、登れる所はないねえ。
元に戻って、急斜面に取り付く。急と言っても最初は左程ではなく、ポサポサと残った枯れスズタケも藪と言う程ではない。しかし、登るに連れ、反っくり返るような急傾斜となる。微かな獣道が付いているのが幸いだ。
ようやく登り着いた小尾根は意外と幅が狭く、反対側は切れ落ちている。小尾根を辿ると、両側は大岩が堆積した浅い谷となる。これは基盤の花崗岩が凍結や風化によって砕かれ、谷を埋めたもので、横根山の岩海と呼ばれる景観だそうである。
岩海を横目で見ながら急登すると、広大な緩斜面に入る。少し枯れスズタケが続くが、これを抜けると丈の低い笹原となり、微かな獣道を辿ってゆるゆると登る。左から破線路を合わせる地点に来ても、実際には道型はない。
最後に薄い灌木藪を抜けて、井戸湿原南方の稜線上に着く。枯れ草の小平地があり、振り返ると、足尾山地の山襞とその向こうの関東平野が眺められる。時刻はと言うと、既に12時半。計画では横根山12時到着だから、かなり遅れている。しかし、ここまで来たら横根山には登りたい。そろそろ腹も減って来たが、横根山の頂上まで我慢して頑張ろう。
雪が薄く積もって井戸湿原に降りる歩道が分かりにくい。帯状に雪が積もっている所が多分、道だ。ちょっと遠回りしたが、防獣網を抜けて湿原を周回するハイキングコースに出る。冬枯れの湿原は寒々しい。右に木道を辿れば湿原を横断して、高台にある湿原荘跡の東屋まで300m。左の歩道を象の鼻に向かう。積雪は数cm程で、小動物の足跡が点々と付いている。ハイカーさんが歩いた痕跡はない。
湿原を半周し、湿原荘跡への道を右に分けて、木の階段を緩く登る。再び防獣網を抜け、仏岩という大岩のあるT字路に着く。説明板には、日光修験者が仏岩と名付けたこと、日光山の開祖勝道上人は大剣峰(横根山)の深山巴の宿で苦行したことが記されている。
T字路には「←象の鼻0.1km 横根山0.9km→」の道標が立つ。まずは象の鼻へ。開けた平地に数個の大岩とベンチ、WCがあり、展望デッキから東を除く三方の大展望が開ける。
まず、北には、前日光牧場と方塞山(1388m)を前景にして、日光表連山の男体山、大真名子山、女峰山が連立する。雪はあるが、まだそう深くはなさそうだ。男体山から左へ目を転じると、社山〜大平山の稜線の奥に一際白い日光白根山を遠望する。
西には足尾山塊の主稜線を一望。皇海山の一際抜きん出た鋭い三角形のピークが目を引く。西から南にかけては赤城山や足尾山地の山並みを眺め、関東平野を遠望する。素晴らしい大展望だ。横根山に来たのは二度目だが、前回は梅雨時で、雲に覆われて方塞山くらいしか見えなかったから、迂闊にもこんな展望のある場所とは知らなかった。今日はこの展望を見ただけでも、出かけて来た甲斐があった。
名残惜しい展望だが、ここは吹きさらしで寒いし、腹も減って来た。昼食は横根山の頂上がいいだろう。確か東屋があったはず。仏岩に戻り、横根山に向かう。なだらかに下り、小さく登り返したところに小さな電波塔(栃木県横根山中継局)が建つ。また下って、左に前日光牧場への道を分け、ツツジ林の間を木の階段で登ると、横根山の頂上に着く。
時刻は13時半。スタートの遅れ、所要時間の見積りの甘さ、途中の寄り道で、予定より1時間半遅れだ。登りに5時間かかって、最後は流石に疲れた。時間は気になるが、まずはしっかり腹拵えだ。東屋に陣取り、小さい缶ビールを開け、鯖味噌煮と鍋焼きうどんを食べる。熱々のうどんを食べて、体の芯から温まり、寛いだ気分になる。さてと、下山はどうしようか。
時刻はもうすぐ14時になるところ。粕尾山経由で下山すると、途中で日没になるだろう。頂上にある「関東ふれあいの道」の案内地図によると、象の鼻付近から林道山の神線を経由して南麓に下る「湿原とせせらぎのみち」というコースがある。だいぶ遠回りになるが、車道ならば日没後も問題なく歩ける。という訳で、予定のコースを変更して、下山にかかる。
横根山頂上から登って来た道を下り、鞍部で右折、牧場沿いの林道に出る。ここで、林道を下る、ということが頭にあったので、展望写真を撮りながら何気に右へ林道を下る。しばらく歩いて、ふと「あれ?これは粕尾峠に行く道では」と気づく。いやー、大ポカ。これで17分のタイムロス。こういうこともあるから、時間には余裕を持たないと(^^;)
象の鼻に向かって戻ると、先行する二人組のハイカーさんがいる。頂上で入れ違いになったようだ。象の鼻の手前に「関東ふれあいの道 発光路9.2km」の道標があり、右に下る歩道が分岐する。ハイカーさんは象の鼻に向かったが、歩道には下った足跡がある。雪で道が隠れているので、先行者があるのはちょっと心強い。
歩道を下ると、すぐに牧場道があり、柵の横棒を開閉して通過する。もちろん、この季節は牧場に牛はいない。冬枯れの樹林と竹の低い笹原に覆われた緩斜面を下る。木道や道標、ベンチなどが整備された歩道が続く。
そろそろ陽が傾き始めた頃、林道山の神線の終点に下り着く。「発光路7.7km」の道標あり。あとはひたすら林道歩きだ。薄く雪に覆われた未舗装道を、ちょっと早足で下る。
やがて「発光路4.7km」の道標があり、舗装道となる。雪がなければ、ここから自転車が使える。前日光林道に合流し、奥深沢(おふかざわ)不動の滝という案内看板を見る。落差7mの滝があるそうだが、少し距離がありそうなので通過。流石にだいぶ疲れているし、先はまだ長い。ようやく県道鹿沼足尾線に出て、山の神バス停に着く。17:45発のバスがあるが、歩いた方が早いだろう。
県道を下って行くと、空は薄茜色に染まり、空気が急速に冷えて来た。行く手に、谷倉山の切れ落ちた東尾根と、遠くに薄っすらと浮かぶような筑波山のシルエットを望む。途中の発光路は意外と大きな集落だ。ここから駐車地点の上粕尾小学校前バス停までは約5km。陽が落ちて、とっぷりと暮れた中、車に帰り着く。
早足で歩いて来たが、寒くて体がすっかり冷え切ってしまった。今日は栃木温泉湯楽の里に立ち寄り、温まって帰桐することにしよう。荷室の入口に腰掛けて登山靴を脱いでいると、山の神で折り返し17:45発となるバスが、山の神に向かって通り過ぎて行った。