伊賀峰山〜長倉山
赤城山のまだ登っていないマイナーなピークを探訪するシリーズの第5弾。『赤城山花と渓谷―沢あるき/滝めぐり30選』(1997年刊、青木清著)を参考にして、赤城山西面の沼尾川右岸に連なる伊賀峰山と長倉山に登ってきました。
桐生を朝7時半に車で出発。深山(みやま)から赤城キャンプ場へ向かう県道の途中で分岐して、沼尾川右岸を走る林道(国有潜下線)に入る。林道は幅の狭い未舗装道となり、山腹の結構高い所をガードレールなしでトラバースする。曲がり角の出会い頭でシカに遭遇。シカは猛ダッシュで山林の中に逃げて行く。赤城山のマイナーピーク探訪シリーズでは、必ずシカに遭う。
程なくゲートがあり、森林管理署による「一般通行禁止」の標識が立つ。ゲート前のスペースは転回用だから車を置くのは避け、約70m戻った所の2台分のスペースに駐車して、雑木林と杉林に囲まれた林道を歩き始める。途中に赤城観音への入口があるはずだが、それらしいものは見当たらない(後日調べ直すと、駐車地点付近が入口だったようだ)。
青木氏は林道から潜上(沼尾川と十二入沢の出合)に降り、沼尾川をしばらく遡行してから、伊賀峰山の西尾根に取り付いて登っている。沼尾川にはいくつかの滝とアクバの淀と呼ばれるゴルジュがあり、沢登りルートになりそうなので、それはまたの機会ということにして、今回は地形図で見て比較的緩そうな北西尾根から伊賀峰山に登る計画である。
林道は涸沢を渡るとY字路となる。左の林道の入口には錆びた鉄柱があり、「潜下林道潜下支線(自動車道)起点」という文字が掠れて読める。この分岐は右の林道に入る。
山腹をジグザグに登る林道を適宜ショートカットしつつ辿る。やがて道に草藪が現れるが、この時期は枯れ始めているので、搔き分ける程の勢いはない。北西尾根の山腹の中途で林道は終点となるが、樹林を透かして稜線がすぐ上に見え、少しの登りで北西尾根の上に出る。尾根上は雑木やカラマツに覆われているが、木漏れ日が差し込んで雰囲気は明るい。藪はなく、傾斜も緩くて歩き易い。これは予想通りとニンマリする。
幅広く緩い尾根を登ると、細尾根や中低木が密な個所もあるが、獣道が通じているので特に問題なく、右から急な西尾根を合わせて伊賀峰山の頂上に登り着く。
頂上は小広く僅かに窪み、その一角に巨岩がポチンと突き出るように鎮座ましまして、その上が多分最高点である。神さびた雰囲気が感じられて、畏まりつつ岩に上がってみる。紅葉した樹林に囲まれてスッキリした展望はないが、木の間を透かして鈴ヶ岳や長倉山方面の山々が垣間見え、雰囲気は明るい。山名標識の類は全くない。頂上で山名標識を見つけて嬉しいときもあるけれど、この頂にはそういう人工物はない方がいいと思う。
少し休憩したのち、北に稜線を辿って長倉山に向かう。頂上から短い急坂を下ると、広く緩やかな稜線となる。右側は急峻に切れ落ちて、木立を透かして鈴ヶ岳や五輪尾根、その間をV字型に割る沼尾川の渓谷、奥にはアンテナが頂に林立する地蔵岳が眺められる。東面や南面から見たときのゆったりと山裾を広げる赤城山とは異なり、谷が深く刻まれた険阻な様相を見せる。
平坦な稜線をしばらく辿ると、行く手に黄や赤に色づいた長倉山が現れる。稜線は痩せて急な下りとなり、岩稜に突き当たる。ここは左斜面を巻いて鞍部に下り着く。
鞍部の右手には浸食が進んだ溶岩の崖があり、大きな洞窟がある。これが竜の寝穴(『赤城の神』では龍の穴)と呼ばれている場所だ。天井は薄く、幾つも穴が開いていて、危うくアーチを保っている。これは見事だなあ。奇観に感嘆する。
鞍部から急斜面の登りとなる。両側が崩れた斜面で痩せ尾根となる区間もあり、木の根岩角を摑んでグイグイ登る。周囲の紅葉を愛でながら急登をこなすと、やがて傾斜が緩んで楽な登りとなり、明るい雑木林の中を歩く。
左手には木立を透かして赤白送電鉄塔の建つ船ヶ鼻、右手には五輪尾根を望む。船ヶ鼻と五輪尾根を結ぶ尾根のこちら側の斜面は、一説によると深山カルデラの火口壁とも言われ、急崖となっている。紅葉した雑木林の中には、青々としたシャクナゲの群れがある。
緩々と登り上げて、平坦で細長い長倉山(『赤城の神』では永久楽山、永倉山)の頂上の一角に着く。一番奥が最高点で、目の前には船ヶ鼻と五輪尾根を結ぶ尾根上の1460m峰がグイッと持ち上がって迫る。昼時には少し間があるが、腹は減ったのでここで昼食としよう。稜線を吹き抜ける北風を避けて腰を下ろし、お湯を沸かしてカップラーメンを作って食べる。今日は下山にかかる時間が短いからビールはなし。持って来たとしても寒いので飲む気にならない。ラーメンの熱い白湯スープが、身体が温まって美味しい。
エネルギーを補給したところで、先に進む。急な痩せ尾根を下ると、あっという間にタルミに着く。黒々とした数本のモミの大木が生え、奥山の雰囲気がある。下山ルートはここから左斜面を降りて、十二入沢沿いに下る予定だが、1460m峰が近いし標高差も60m程しかないので、寄り道してみよう。尾根を辿ると鉄骨製の櫓らしきものがバラバラになって横たわっている。林業関係の遺物だろうか。人跡のない山中に突然現れて違和感を放つ。
1460m峰(『赤城の神』では和久土也山と称している)への登りは、標高差はないが急だ。崩壊した斜面の縁を歩くところがあり、灌木の小枝も多少うるさい。少々汗をかいて登り着いた稜線は、先日の船ヶ鼻〜野坂峠で歩いたばかりのところだ。
稜線を右に辿るとすぐに崩壊地の縁に出て、鍬柄山や鈴ヶ岳の展望が開ける。眼下の谷間はちょうど紅葉が見頃だ。鈴ヶ岳の大きな円頂峰の右には、先週歩いた矢筈山、モロコシ山、子双山や未踏の木津山など、小振りな円頂峰が付き随う。鍬柄山の手前には、これも未踏の鷲巣山が眺められる。こちらから見ると枝尾根上の小さな瘤だが、左の尾根が急角度でギャップに切れ落ちているのが目を惹く。
崩壊地からの展望を楽しんだのち、タルミに戻って北西斜面を下る。かなりの急斜面だが、小尾根を辿ると歩き易い。左右はガレた涸れ沢となる。小尾根の末端が崖になっていないか心配だが、ポツポツとビンクのビニテのマーキングがあり、ここを通る人はいるようだ。幸い、末端から難なく涸れ沢に下り着く。涸れ沢と周囲の山肌は崩壊が激しく、沢を埋めるガレの岩角も鋭角で新しい。石車に乗らないように注意して沢を下る。
やがて涸れ沢の真ん中に大岩が現れる。大岩の下は水が僅かに滲み出た小滝となって降れないので、左岸のガレから下る。沢の下降で少し危ないのはここくらいで、あとは平凡なガレ沢だ。青木氏の紀行によると、この沢沿いにハト岩や春駒岩と名付けた岩があるそうだか、辺りは岩場だらけで、どの岩だかはわからない。
砂防堰堤が現れ、左岸から巻いて下ると、右岸の高みに林道終点の広場がある。この林道は青木氏が歩いた約20年前の時点で既に木が生えて通れなかったようだが、今でも道型ははっきりしており、ガレ沢を歩くよりかは楽だろう。広場にはウィンチと思しき堰堤工事の遺物が放置されている。木立を透かして左岸の尾根を見ると、ミミズクのような形の岩峰(その名もミミズク岩)が小さく見える。
林道の道型を辿ればあとは楽勝と思ったが、途中二箇所で沢が大規模に崩壊していて林道を分断し、深く抉れた沢に降りて登って通過するのに少々苦労する。しかし、その後は順調。荒廃しているものの明瞭な道型を辿り、小さなカーブを連ねて緩く下っていく。
やがて路面の状態も良くなって現役で利用されている区間に入る。Y字路を過ぎ、朝方に歩いた林道を歩いて、駐車地点に戻った。伊賀峰山と長倉山は枝尾根上のマイナーなピークだが、奥山の雰囲気があってとても楽しめた。
帰りは毎度お馴染みの富士見♨見晴らしの湯に立ち寄る。赤城山の未踏ピークはあと数座ある。次はどこに登ろうかなと計画を巡らせつつ、桐生への帰路についた。