船ヶ鼻〜野坂峠
体育の日の三連休の初日、二日目はいまいちの天気だったが、最終日は晴れるとの予報。近場の赤城山に出かけることにしよう。群馬300山に掲載されている船ヶ鼻山なんてどうかな。ネットで検索すると、昭和村からの登山道が整備されたという情報がヒット。今年8月に開通式が行われ、昭和村公式HPで「赤城山船ヶ鼻登山道案内図」が公開されている。これは面白そう。序でに野坂峠まで足を延ばし、復路に赤城山への古の登路の一つ「沼田通り」を辿れば、ますます面白そうである。という風に思い立って出かけてきました。
なお、山名について。地元の昭和村では公式に「船ヶ鼻(ふねがはな)」と“山”を付けずに呼称していますので、本サイトでもそれに準じて表記することにします。
桐生を車で未明に出発。県道沼田大間々線、利根沼田望郷ライン、赤城西麓広域農道を経由して昭和村に入り、奥利根ワイナリーの小さな案内看板のある十字路を左折、赤城山麓に広がる野菜畑の中を一直線に上がる。行く手には巨大な紅白鉄塔を頂に立てて、のったりとした山容の船ヶ鼻が横たわる。緩斜面に水平感覚が騙され、低い丘にしか見えない。
鹿柵ゲートを開閉して通過すると、畑地の奥に船ヶ鼻登山口の広い駐車場があり、ここに車を置く。他の車はない。新しく大きな登山案内看板と簡易WCが設置されている。隣には今が見頃のコスモス畑が広がり、振り返れば三峰山や吾妻耶山、谷川連峰を望む広大な風景が展開する。車外に出れば早朝の空気がひんやりと肌寒く、秋の深まりを感じる。
駐車場のすぐ上は結婚の森といい、園地に桜の木が植えられている。Y字路に「←牛石コース5.8km 楢水コース4.0km→」との真新しい道標があり、ここは右の楢水コースに入る。すぐに鹿除けフェンスがあり、開閉して通過する。林床にオシダが繁茂する杉林の中の作業道を緩やかに登る。
やがて植林されて間もない区画に入り、行く手に船ヶ鼻の頂に立つ紅白鉄塔や、稜線から頭一つ覗かせた円錐状の鈴ヶ岳の頂が見える。眺めが一時的に得られた後は、再び育った植林の中の作業道となる。道なりに歩けば迷いようがないが、頻繁に「山頂→」との道標があり、良く整備されている。また「熊出没注意」の標識もあり、確かに熊が出そうな雰囲気ではある。
登山口から30分程で、半鐘のある分岐に着く。案内図に「幸福の鐘」と記載されている地点だ。なんで幸福?と思っていたが、実際には横板に手書きで「動物たちへの合図の鐘」と表示されている。これなら意図する所は明白で賛同できるので、備え付けの木槌で鐘を鳴らす。これで熊とパッタリ、なんてことが防げれば、お互いハッピーというものだ。
道標に従って左折すると山道となる。最近、小型のユンボが通ったのか、キャタピラの轍が続く。緩く登ると、小さな沢に行き当たる。樹林を透かして沢の上流を見ると、山の斜面にプルーシートを被せた所があり、そこが案内図記載の楢水水源のようだ。
沢を渡り、杉林を抜けて自然林に入ると、苔むした巨岩がゴロゴロと散在する急斜面に取り付いてジグザグに登る。標高差100m程だが、山麓から眺めたときの印象からはこんな急登があるとは予期しなかった。“山”らしくて好ましい。
急斜面を登り切って台地状の広い緩斜面の上に出ると、「大楢の木」がある。推定樹齢は100年以上とのこと。太い幹が分かれして広がっていく枝振りがなかなか見事だ。
緩斜面をユルユルと登り、台地の縁の小尾根を辿る。やがて、送電線の下の樹林が伐採された草地に出る。「つつじ平」との道標あり。西の眺めが開け、渋川市街、榛名山、浅間山、子持山、沼田市街を望む。谷川連峰も見えるが、稜線に雲がかかり始めている。また、送電線の鉄塔がここから子持山を越えてずっと並んでいるのが眺められ、鉄塔を数えると40もあった。同じ線の送電鉄塔をこれだけ連続して見たのは初めてかも。
つつじ平から僅かな距離で牛石コースとの合流点に着く。船ヶ鼻頂上は右へ登ってすぐだが、左の目と鼻の先に船ヶ鼻の目印とも言える大鉄塔が立っているので、行ってみる。この送電鉄塔は東京電力東群馬幹線57で、高さ122mとのこと。鳴蟲山の132mには負けるが、見上げただけで肝が冷える高さである。
大鉄塔の手前に「わらび平」の道標があり、そちらに行くとすぐに送電線の下が伐採された所に出る。こちらは「つつじ平」とは反対に東の眺めが開け、片品川の谷の奥に尾瀬の山々、頂上は雲に隠れているが両毛国境稜線の山々を展望できる。
展望を楽しんだ後、緩く登って船ヶ鼻頂上に着く。こちらは樹林に囲まれて展望はないが、静かで落ち着ける雰囲気のある頂だ。真新しい道標が設置され、「船ヶ鼻山頂 1466m」「←赤城大洞 大沼尻まで 3.0km」「登山口(略)→」と記されている。一方、これから辿ろうとしている「←赤城大洞」への稜線の入口には「この先危険につき立入禁止」との新しい看板が立つ。なんか矛盾しているが、この先は昭和村は登山道を整備していないので自己責任でどうぞ、ということだろう(末尾の参考URLの記事によると、やはりそのようである)。
ということで、10分程休憩したのち、赤城大洞・野坂峠方面への稜線に踏み込む。すぐに大岩があり、これが案内図記載の鷲石らしい。特に変哲のない岩である。
自然林に覆われた細い稜線を辿る。小さなアップダウンはあるがほぼ平坦で、苔むした露岩の多い稜線が続く。道型は明瞭で、藪もない。樹林に覆われているのであまり意識しないが、特に右側の斜面は結構急だ。良い雰囲気の道なのだが、北面道路からバイクの甲高い走行音が聞こえてくるのが玉に瑕である。
稜線を辿ると、突然、右斜面がごっそり崩落した地点に飛び出る。崩落は稜線の下を抉っており、稜線の縁に近づくと危険だ。しかし当然ながら眺めが開け、沼尾川の険しい谷を隔てて、円錐形のすっくとした山容が見事な鈴ヶ岳、それより低いがどっしりとした鍬柄山、五輪尾根、ちょっと頭を覗かせて荒山、地蔵岳の円頂が眺められる。
崩壊地のあるピークはあまりピークらしくないが、GPSで現在地を確認すると昭和村、旧赤城村(現渋川市)、旧利根村(現沼田市)の三村境となる1460m峰だ。
ちなみに、『赤城の神』(今井善一郎著、1974年刊)では、このピークを和久土也山(悪鳥屋山)、ここから北に流下する沢を和久土也谷と記述している(右の地図を参照。和久土谷は、本文中では和久土也谷とされているので、転記ミスと思う)。
また、右図の一ノカヤ原、駒スベリを通る破線路が、赤城山への古の登路の一つの沼田通りだ。現在の地形図にもこの破線路は記載されており、復路はこれを辿ってみるつもりである。
崩壊地を過ぎ、丈の低い笹原の稜線を緩く登る。1480m峰を越えると、左に分岐する道の痕跡がある。これが沼田通りの入口らしい。やはり、使われなくなって久しいようで、低い笹に覆われている。
この先に蟻の塔渡りと呼ばれる稜線の幅が狭くなった所が数カ所あるが、簡単に通過できる。途中で女性2人組のハイカーさんとすれ違う。最後に稜線の右を絡んでトラバースすると、野坂峠に出る。「←沼田 20km」と書かれた道標は健在だ。薬師岳の頂上はこのすぐ近くなので、立ち寄っておこう。
途中のピーク(ここから船ヶ鼻への稜線が分岐する)には「薬師如来」の石碑がある。「昭和丗二年七月吉日 野島氏建立」と刻まれている。
薬師岳頂上は樹林に囲まれて展望はないが、少し先の木立の切れ間から黒檜岳を望むことができる。ここが今日の行程の折り返し点になるので、腰を降ろして休憩する。まだ、昼食には早いので、鯖味噌煮を肴にDRY ZEROで喉を潤すだけにして、下山にかかる。
1480m峰の手前で沼田通りに入り、稜線から別れてピーク直下をトラバースする。丈の低い笹原に覆われて、最近歩かれている様子はないが、道型ははっきりしている。しかし、尾根を回ると道型が薄くなり、木の幹の赤ペンキを頼りに帯状の緩斜面を下る。
この破線路は緩斜面をうまく利用しており、なかなか合理的に拓かれた道であることがわかる。この緩斜面が「一ノカヤ原」で、昔はカヤ原だったのだろうか。現在はカラマツの植林帯となり、作業道も通じていて、往時を偲ぶべくもない。
赤ペンキと笹原の中の微かな踏み跡を辿って行くが、違う方向に逸れ始めたので、作業道に乗り換える。道なりに下って行くと、うっかり沼田通りの破線路から外れて、東寄りの地点で山腹を横切る林道に出る。この林道を左に進む。送電鉄塔の建つ尾根の鼻を回ると、行く手に船ヶ鼻の平坦な稜線と紅白鉄塔を仰ぐ。林道は谷へ下って行く。沼田通りはショートカットしてこの辺りに出てくるはずだが、それらしい道型は見当たらない。
林道を歩いていると、年配のご夫婦に追いつく。挨拶して話をすると、キノコ採りで来ている、この秋はキノコはさっぱり、(名前は知らないが白いキノコを採っていて)うどんに入れると良いダシが取れる、などの話を伺う。登山で野坂峠から歩いて来ました、と言うと、昔、学校の遠足でこの道から赤城に登った、とのことである。
キノコ採りで山林に入るご夫婦と別れ、船ヶ鼻山の東面をトラバースして林道を歩く。『赤城の神』の地図では、この道の途中に「馬の蹄の滑った跡がある」という駒スベリ石が載っているが、それらしい石は見当たらない。林道工事でどけられて谷底、だろうか。
やがて「牛石」の道標があり、船ヶ鼻から降りて来た牛石コースに合流する。中華鍋を伏せたような岩が牛石らしい、腹が減ったし、林道を通る車もなさそうなので、牛石に腰掛けてお湯を沸かし、カップ麺で昼食にする。食べ終わった頃、ご夫婦がビニル袋2つにいっぱいのキノコを提げて、満足そうに林道を下って行かれた。
あとは登山口まで牛石コースを辿る。すぐにY字路となり、道標に従って左の作業道に入る。古い作業道で、路面がふかふかして気持ち良く歩ける。林床にはオシダが多い。浅い谷に沿ってゆるゆると下り、少し左に曲がると山腹をトラバースして深い谷を渡る。鹿除けフェンスを通ると結婚の森の園地に出て、登山口はすぐそこだ。
駐車場には10台程の車があり、なんでこんなにたくさん、とビックリ。コスモスを見に来た人の車らしく(中には船ヶ鼻に登山中の人もいるかも知れない)、コスモス畑の周囲には大勢の人がいて、お花畑にカメラを向けている。早朝は薄暗かったのでそれ程でもなかったが、陽射しが当たるとなかなか綺麗である。
帰りは奥利根ワイナリーに寄って、赤白のワインを1本ずつ土産に買う。ここも観光客が多い。それから赤城山の裾野を下り、利根川の川辺にある昭和の湯に入る。今日は涼しかったので、汗を流すというよりは温まるのが気持ち良い。もう10月中旬だし、寒い冬も間近だなあ、と実感して、桐生への帰途についた。
参考URL:計画の際、よつこ様のブログの「祝!!赤城山船ヶ鼻登山道 開通式」の記事を参考にさせて頂きました。