松木川〜三俣山〜錫ヶ岳〜白根山
桐生に越して来た翌年の1997年10月、単独行で松木川から皇海山に登った(山行記録)。好天に恵まれ、松木渓谷の荒々しい岩壁を眺めたり、ニゴリ小屋のある台地でテント泊したり、モミジ尾根で真っ盛りの紅葉を堪能したりと会心の山行だった。国境平から皇海山への長い登りの途中で振り返ると、北へ長々と延びる群馬・栃木県境稜線の果てに、白く光ってひと際高く聳える日光白根山が見えた。白根山を遠望して、また紅葉の時期に松木川から登り、次は白根山へ縦走しようと思った。
以来、機会を窺っていたが、松木川から白根山への縦走は最短で2泊3日のテント泊山行になる。3連休がとれて、なおかつ3日間とも好天が見込めるという好機はなかなかなく、十数年が経過。
そして今年、体育の日の3連休は3日とも晴れの予報。仕事も一段落し、きっちり休みが取れた。待望久しいチャンス到来!ということで、出かけて来ました。この山域のエキスパートのMさんに同行頂くことになり、百人力である。
山行計画は、アプローチに鉄道とバスを利用し、1日目は間藤駅から松木川を遡行、モミジ尾根を登って、カモシカ平にテント泊。2日目は三俣山、宿堂坊山、錫ヶ岳を越えて錫の水場までの長丁場の根性日。錫の水場まで果たして辿り着けるか。3日目は白根山を踏んで、日光白根山ロープウェイで丸沼高原スキー場に降りるというお気楽日程。バスで沼田駅に出て、JRで桐生駅に帰る、という計画を立てた。
Mさんと桐生駅で待ち合わせて、6:39発間藤行きのわたらせ渓谷鐵道(わ鐵)に乗車する。乗客は他に数名。わ鐵に乗るのは1年振りだ。Mさんはもっと久し振りとのことで、ホームページに載せるため、写真をたくさん撮っている。車窓から渡良瀬川の渓谷の眺めを楽しんで、終点の間藤駅に8:15着。ここ(標高約660m)から白根山(2578m)へ、長い山旅が始まる。胸が熱くなるな。
雲一つない青空の下、足尾銅山の製錬所跡を脇に見て三川合流ダムに向かう。正面に松木渓谷をはさんで、松木山(大平山)と中倉山の大きな山体が現れる。ダムのゲートから先は未舗装道となり、久蔵川を渡って、松木川の広大な河原に沿って歩く。両岸には荒々しい岩肌がむき出しとなった急峻な山腹が続き、ここが日本?と思うような異質の景観だ。
足尾銅山の堆積場を過ぎ、山裾に緩斜面が開けた地点に差し掛かると、道端に三基の墓石がある。この辺りがかつての松木村の集落の跡だ。その少し先には岩根の上に石祠が祀られ、文化九(1812)年三月吉日との銘が読める。現地の説明板によると、松木村は、江戸時代後期には37戸170人もの村人が小麦、豆を作り、養蚕を営んで住んでいたそうだが、足尾銅山の稼働後は伐採、煙害、山火事によって森林が荒廃し、わずか数年後には廃村になったそうだ。
旧松木村のはずれに二つ目のゲートがあり、その先は荒れた林道となる。あちこちで法面が崩壊し、大量の土石が道を埋めている。1997年に来たときは、もう少し良い道だった記憶があるのだが、荒廃が著しい。河原の土砂も嵩を増している気がする。対岸の支流はいずれも険谷で、石塔尾根の稜線から一気に落ち、岩壁を割って本流に流れ込む。
荒れた林道はウメコバ沢出合の手前で終点となり、ここから河原歩きとなる。軽量化のため渓流タビは持って来ていないので、登山靴でジャブジャブ徒渉する(翌日、稜線上でも露に濡れた笹原を延々歩くことになるので、どのみち靴は濡れる)。松木川六号ダムは右からロープと梯子で越える。このダムの上流辺りから、以前は鬱蒼とした樹林の中の流れになった記憶があるのだが、今はあちこちで山崩れがあり、荒れ気味だ。
途中に一か所、深い淵があり、右から高巻く。程なくニゴリ沢出合に到着。パンを食べて昼食とする。前回の山行では、本流右岸を上がった台地にあるニゴリ小屋の傍でテントを張って泊まった。懐かしい場所だが、今日は立ち寄る時間的余裕がない。
ニゴリ沢も河原が広い。途中でヤマブドウの実を見つけた。食べてみると良く熟していて、甘酸っぱくて美味しい。谷の奥に小滝を見る地点がモミジ尾根の取り付きで、赤と黄に塗り分けられた菱形の標識がある。
ここから急傾斜の山腹をジグザグに登る。標識はあるが、道型は微かで一般登山道とは言い難い。残念ながら、紅葉はちょっと時期が早かったようだ。前回は鹿の鳴き声を盛んに聞いたのだが、今回は静かだ。
やがて広く緩やかな尾根の上に出る。ダケカンバの疎林に入ると道型が不鮮明になり、登りは問題ないが下りでは迷いそうだ。Mさんもここの下りで迷ったことがあると言う。尾根の上部でようやく紅葉が始まる。モミジ尾根はやはり雰囲気がいいなあ。
笹原に入って道型が消え、ロープに導かれて斜面をトラバースすると県境稜線に出た。ここから皇海山にもピストンで登りたかったのだが、体力と時間の関係であっさりあきらめる。稜線を北に僅かに進み、「水」の標識がある地点が国境平だ。ここもテント泊が可能だが、明日の行程を短くするため、今日はカモシカ平まで進むことにする。
カモシカ平はすぐだろうと思ったのだが、日向山の南面の笹原の登りが意外と急できつい。笹の丈が低いから藪漕ぎにはならないが、道型はあってないようなものだ。振り返ると、皇海山が逆光の中に黒々と聳えている。立派な山だなあ。
折れて「…山」だけになった山名標のある日向山を越え、カモシカ平へ下る。カモシカ平は白砂の平地のある鞍部で、テン場適地だ。早速、Mさんの軽量ゴアテントを設営し、水場へ水を汲みに行く。水は栃木側へ笹原をちょっと下ったところの小さな沢から得られる。
濡れた靴と靴下を脱いで乾かす(乾かないけど)。ウィスキーで乾杯し、夕食を食べる。日が暮れるとさすがに寒い。シュラフに潜り込む。明日の長丁場に備えて、眠りについた。
夜明け前に起床。朝は食欲が出ないので、簡単にパンで朝食を済ます。薄雲が広がっているが、天気の心配はなさそうだ。朝焼けの中、濡れた靴下と靴にイヤイヤ足を突っ込んで出発。笹に朝露がグッショリついていて、しかもほとんどないに等しい踏み跡を辿るので、濡れないように下ゴアを履いて歩く。
カマ五峰への登りにかかると、稜線の右側は松木渓谷を見おろす断崖絶壁となる。この辺りの紅葉はなかなか綺麗だ。カマ五峰の最高点は岩峰で、その左の肩を目指して登る。逆コースの場合、肩から間違って最高点へ直進すると、断崖絶壁の上に出る。肩から右に折れなければならない。
カマ五峰を越えると、今度は秀麗な三角錐の山容の三俣山が姿を現す。一旦、笹原の鞍部に下って登り返す。なかなかの急登でしんどい。笹原の中の踏み跡を辿り、三俣山の頂上に登り着く。樹林に囲まれて展望に乏しいが、登りたい山のひとつだったので、満足が大きい。ここまで、思ったより行程が捗って順調だ。
頂上で一休みして、縦走を再開。笹原が途切れた樹林帯は歩き易いが、笹原の区間は踏み跡が微かで、踏み跡を外すと丈が低い笹とは言え抵抗が増して労力が倍加する。踏み跡を足先の感覚で探って歩く様な道のりが続く。
ヤジノ沢源頭の最低鞍部から樹林帯を登り詰めると、宿堂坊山の頂上に着く。御料局三角点と現行の三角点の二つの標石がある。この山頂も樹林に囲まれて展望はない。
宿堂坊山からひと下りすると、笹原に深く覆われたネギト沢の水場(コル)に着く。大きなダケカンバの根元に、苔むした石祠が祀られている。これは室町時代の日光修験の遺物で、長らく存在が知られていなかったが、Mさんも探索に関わって発見されたものだそうだ。歴史的に貴重な祠だ(参考記事)。
ここから笹原とダケカンバ林の緩く長い登りとなる。展望に乏しい樹林の尾根が続くが、2077m標高点に登ると展望が開けて、行く手に錫ヶ岳の大きな山容が現れる。これはなんとか錫ヶ岳を越えて、錫の水場まで届きそうだな。県境稜線西面の泙川(ひらかわ)源流域も一望できて、いい感じに色づいた樹林が美しい。
先が見えたので元気になって錫ヶ岳に向かう。小ピークを越えると柳沢の水場がある。笹原の中に刈り払いがあり、Mさんは以前ここに泊まったことがあるそうだ。水場は道がない上にかなり遠く、当てにするのはお勧めできないとのこと。現在は水場の標識もない。
ここから笹原の中に踏み跡を辿る長い急登となる。小さな池を過ぎ、シラビソ林を登ると、錫ヶ岳の頂上に着いた\^o^/。
錫ヶ岳の頂上にも、三俣山と同じく御料局と現行の2つの三角点標石がある。樹林に囲まれているが、男体山と中禅寺湖方面は展望が得られる。平地があるので、水を持ち上げればテント泊は可能だ。
錫ヶ岳は白根山方面からピストンで登る人が多いので、ここから先は道が格段に良くなる。樹林から抜けると、正面に白根山が現れる。標高が上がり、植生が変わって高山的だ。小さな池を過ぎ、樹林の中を緩く登り降りして進むと、錫の水場に到着した。
錫の水場は、樹林帯の中にテント3張分くらいの平地がある。途中ですれ違ったパーティーに、先行パーティーがいるときいたので、誰か張っているかなと思ったが、誰もいない。快適なテン場を独占だ。早速、テントを設営し、水を汲みに行く。水場へはわずか1分で、パイプからバンバン流れている。
Mさんによると、足尾山塊ではここがNo.1、カモシカ平がNo.2のテン場だろうとのこと。今回の山行はNo.1と2のテン場に泊まるのだから、これは充実。夕食をとって日が暮れた後も、ウイスキーをちびちび飲みながら、山の夜の雰囲気を楽しんで過ごした。
最終日の行程は短いので、二度寝してのんびり起きる。パンを食べて出発。今日は雲が広がる天気だ。足元を苔が覆うシラビソ林が続き、高山的な雰囲気が奥秩父の山に似ている。断続的に現れる笹原では、四方の眺めが開ける。2000mを越える稜線の上なので、風に当たるとさすがに寒い。
笹原と立ち枯れのシラビソの尾根を緩く登ると、白根隠山西峰(白檜岳)の頂上に着く。登山道はこの先の白根隠山を越えて五色沼避難小屋に通じているが、ハイトスさんが錫ヶ岳の記事で、白根山と白根隠山の間の窪地を歩いていることを思い出し、窪地に下ってみることにする。
頂上から窪地へは道がない。低い笹と苔の樹林を適当に下って行くと急斜面に行きあたったので、進路を左に振って白根山との最低鞍部の辺りに降りる。
下り着いた窪地には木立が全くなく、不思議な景観が広がる。いつの間にか薄雲が消えて、青空の中に白根山がごつごつと聳えている。避難小屋まで行かず、その手前で登山道に合流して、白根山への登りに取り付く。
まだ午前の早い時間なのに、もう頂上から降りて来るハイカーさんとたくさんすれ違う。話を聞くと、菅沼から登って来たとのこと。ダケカンバ林は既に葉を落として、この辺りは晩秋の雰囲気だ。森林限界を超えると五色沼や、女峰山、男体山の日光表連山が眺められる。丸沼からの合流点の祠にザックをデポし、空身で山頂に往復する。
白根山は4年振りの登頂だ(前回の山行記録)。好天の3連休最終日の百名山とあって、頂上では大勢のハイカーさんが展望を楽しんだり、写真を撮ったりしている。流行の山ガールファッションも多い。展望はまさに360度。特に錫ヶ岳、三俣山方面を遠望すると、あの山並を踏破して来たのか、と感慨が深い。
展望を楽しんだのち、祠でパンを齧って、丸沼へ下山にかかる。砂礫の斜面を降り始めてビックリ、下から続々とハイカーさんが登って来て、その列は途切れない。すれ違いで待つこともしばしばだが、まあ時間は余る程あるので、のんびり下る。
樹林帯に入り、山腹を横切りつつ高度を落とす。途中の地獄ナギから見上げた白根山は、巨大な岩壁を峙てて迫力だ。やがて傾斜が緩くなり、ロープウェイ山頂駅から一周する散策コースに合流する。軽装で散歩するハイカーさんが多い。山頂駅までは、あと僅かの距離だ。
山頂駅に着くと、ロープウェイで上がって来た観光客で大賑わいだ。駅の運転室で片道乗車券を買い、ロープウェイ(というかゴンドラ)の下り線に乗り込む。途中の紅葉が一番鮮やかだった。
山麓についてバスの時刻を確認したのち、まずはセンターハウス内の座禅温泉で3日間の汗を流す。それから、隣りの「高原の駅丸沼」で昼食。缶ビールを飲んで、もち豚ソースカツ丼を食べる。ビールが飲めるのも、電車・バス利用の良い所ですな。
バスの時刻までセンターハウスの休憩室で一眠りした後、14:20発鎌田行きのバスに乗り込む。鎌田に14:45着、直ぐに沼田行きのバスに乗り継ぐ。尾瀬からの帰りの乗客が多い。沼田駅まで渋滞は殆どなく、ほぼ定刻に到着。10分程の待ち合わせで16:05発の列車に乗り込み、桐生への帰途についた。