妙見山〜どんつく山〜内郷山
毎年のことではあるが、この時期は大変忙しく、週末もぐったりして、遠出する気力が湧かない。近場の里山を軽く歩くことにし、まだ登っていない足利百名山のうち、市南西部に集まる№63妙見山、№67愛宕山、№75西山、№96台山、№80稲荷山、№40どんつく山(宿山)、№49内郷山の計7座を、JR両毛線を利用して、まとめて登頂してきました。
妙見山
桐生9:29発の両毛線に乗車し、次駅の小俣で下車。駅のWCをお借りしたのち、出発する。今日の行程は大半が市街地の車道歩きなので、足元はトレランシューズ。昼食は途中の適当な食堂で外食するつもりなので、布製ザックに貴重品と防寒具を入れただけで、ほぼ空身という軽装である。上空に雲は多いが、風もなく穏やかな日で、寒くはない。
駅前(駅の出入口は南側しかない)から東側の踏切を渡り、三重小俣通りの小俣小学校前交差点に出る。交差点の北の角に熊野神社への参道石段の登り口があり、その後ろに妙見山がこんもりと盛り上がる。桐生と足利の間は車でちょくちょく行き来していて、その際はいつも三重小俣通りを通っている。なので、妙見山をはじめ、今日これから歩く山々は側から見慣れた里山で、いつでも行けると思って、今まで後回しにしていた山々だ。


神社の登り口には広い駐車場あり。「村社熊埜神社」(埜は野の異体字)の社号標を見て参道を登る。石鳥居を潜って登り着いた境内は無人で、古びた風格のある社殿が建つ。栃木県神社誌によると、大永六(1526)年創立、天保七(1836)年再建とのこと。


社殿の左脇から小径に入り、摂社を過ぎて裏手の斜面を登り始める。笹藪が広く刈り払われ、一筋の道型が続く。左上に見えている大きな擁壁は、登って行くと広い敷地に立派な会館が建っていて、天理教の施設であることが判明。宗教法人はお金があるなあ(個人の感想です)。笹原と疎らな雑木林を登ると、赤いサイレンのある頂上に着く。


サイレンの左手に角が欠けた三角点標石、裏手に石祠と足百№63妙見山の山名標識がある。雑木林に囲まれて頂上からの展望はないが、ちょっと戻って下ったところから山麓の眺めが開け、小俣駅のプラットホームも見える。里山だが、眺めはなかなか良い。




下りは東麓の山崎稲荷神社に向かおうかとも思ったが、そちら方面は笹藪が深いので、あっさり諦めて熊野神社に戻り、次の愛宕山・西山に向かう。
参考URL:やまの町桐生「妙見山」
愛宕山・西山
熊野神社から東側の忠霊塔の前を通り、県道名草小俣線に出る。県道は叶花の採石場に通じているため、大型ダンプがひっきりなしに通る。注意して横断し、小俣公民館北側の路地に入って、東に向かう。途中の小俣小学校の体育館からは、部活中の児童の元気な声が聞こえてくる。小俣川に架かる橋の上から上流を眺めると、奥に前仙人ヶ岳が見える。
程なく上野田(うえのだ)自治会館のある四つ角に着く。自治会館の駐車場の隅には「湯殿山ハイキングコース上野田登山口」の標識がある。四つ角を右折し、次の四つ角(愛宕山西出入口)を左折する。


宅地の間の路地を抜け、山麓の林間の山道に入る。すぐに左右に山道を分ける。「愛宕山龍泉院跡」のプレートと小俣上野田ハイキングコース順路と書かれた案内プレートが地面に落ちていて、左は山神神社、右は土師天神宮口、直進は愛宕神社と記されている。


ここを直進すると一対の注連柱を過ぎて、一直線状の急な登りとなる。道型は明瞭だが、落ち葉が深く積もって滑り易く、竹藪が被さる箇所もあって、歩く人は稀な様子。
程なく愛宕神社のある愛宕山の頂上に登り着く。神社はブロック造の覆屋のみの質素なもの。東側の眺めが開け、ベンチも置かれていて憩える。南北に尾根が延び、良く踏まれた山道が通じている。




次は西山に向かう。南の尾根道を辿ると、すぐに右斜面を緩く斜めに下る山道となる。尾根を直進すれば西山だが、藪が深くて道はない。ここは山道を辿るのが吉。


程なく送電鉄塔が現れる。右に下れば土師天神宮のようだが割愛して、送電鉄塔の右脇を直登する。登り着いたピークはフェンスに囲まれて、コンクリ製の大きな箱型の建造物に占拠されている。これは小俣配水場だそうだ。配水場の東隣りの小さな高まりが西山の頂上で、足百の山名標識もそちらにある。頂上は雑木林に囲まれて、展望はない。




配水場に戻り、南の一直線な坂道を下る。この道は配水場の管理用通路らしく、かつてはコンクリ階段が設置されていたのでは、と思われるが、僅かな痕跡を残すのみで、急坂にトラロープが張り流されている。この坂はかなり滑り易く、ロープに縋らないと降りられない。途中、左側の樹林が切れ、斜面に広がる墓地の上端から南麓の展望が開け、次に登る台山と稲荷山が市街地に突き出た半島のように眺められる。


さらにトラロープが張られた急坂を下り、両側から被さる笹藪を搔い潜る。この道を雨の後に歩くのは避けた方が良い。最後に水道施設の小屋の脇を通り、階段を降りて麓の市街のT字路に下り着く。車道を左(東)に進んで、次の台山に向かう。


台山
三重小俣通りに出て、通りを東に向かう。葉鹿小学校前交差点を右に曲がると篠生(ささご)神社がある。ケヤキの大木に囲まれ、神社林が見事だ。説明板の社伝によると、斎明天皇の時(飛鳥時代)、出雲国の杵築(きねつき)神社を遷座して祀ったとのこと。この神社も歴史が古い。
両毛線の踏切(三和村踏切の名称標あり)を渡り、線路南側に沿って通りを進む(後日調べると、三和村が存続したのは1889〜1995年)。通りを直進し、道幅が狭まると葉山橋で松田川を渡る。橋上から上流の両毛線の橋梁とこんもりとした台山が眺められる。


再び両毛線の踏切を渡った先に大原神社がある。由緒書きによると、日本武尊が東征の帰路に台山に登り、国家鎮護のために山城国大原野神社をこの地に勧請した、とのこと。


台山へは神社左脇の路地に入る。古民家の廃屋を過ぎ、突き当たりから山道に入る。樹林中をS字状に緩く登ると、すぐに墓地らしき石造物のあるピークに着く。足百の山名標識は墓の裏手の高みにある。反対側は松田川に面した急斜面。樹林に囲まれて、眺めはない。




頂上のすぐ北には三重小俣通りの切り通しがあり、車の走行音が聞こえている。この切り通しにも抜けられそうに思うが、民家の庭先に出てしまうので不可。往路を戻り、三重小俣通りを横断して、次の稲荷山に向かう。
参考URL:やまの町桐生「台山」
稲荷山
三重小俣通り沿いの「しもつけ窯」の案内看板から路地に入り、坂道を直登する。再び「しもつけ窯」の看板があり、その次の角を右折すると、平坦な尾根上に太陽光発電所が広がる。発電所の右側を通り抜けて作業道を進むと、左斜面が削り取られた丘が現れる。この丘が稲荷山だ。


丘の正面の崖の右から取り付いて強引に登り始める。そこはかとなく踏み跡があるような、ないような。あっても、おそらく獣道だろう。振り返ると作業道と太陽光発電所を見おろし、その向こうに太田金山や八王子丘陵を望む。


尾根上に登り着き、平坦な尾根をしばらく辿ると足百の山名標識がある。樹林に囲まれて展望に乏しいが、木立を透かして松田川や運動広場が俯瞰される。


稲荷山の頂上からは、東麓の三崎稲荷神社を目指して下る。はっきりした道はない。尾根を少し進んだところから、樹林の疎らなところを下り始める(直進すれば北の切り通しに出るようである)。途中から深い笹藪となり、行く手に垣間見える赤い屋根を目指してファイト一発、藪から社殿の脇に飛び出す。誰かに目撃されたら不審者だが、誰も居なくて良かった😅


三崎稲荷神社はお稲荷様だけあって、社殿は鮮やかな朱色に塗られ、その前には新しい一対の狛狐が鎮座し、信仰を集めていることが窺える。参道石段を降りず、左手の桜並木を抜けて、北側の通りに出る。通りに面した斜面には自性院の墓地が広がる。次はこの辺りからでんつく山に向かうが、そろそろ昼時で腹がぺこぺこだ。どこかの食堂で昼食をとってから、どんつく山に登ろう。


参考URL:やまの町桐生「三崎稲荷山」
どんつく山(宿山)
スマホのGoogleマップで近くの店を検索して、三重小俣通り沿いの楼蘭という中華料理店に入る。最近オープンした店らしく、内装が綺麗。食べた五目ラーメンも美味しかった。
エネルギーを補給したのち、自性院の墓地に戻り、墓地の横手の坂道に入る。簡易舗装の急坂を登ると、墓地の終点から山道となる。振り返ると、先ほど登った稲荷山と、その向こうに八王子丘陵が眺められる。朝方は曇っていたが、すっきりと晴れてきた。
なお、デジカメ(RICOH GR3)の電池が切れて、予備の電池を持って来るのを忘れたので、以降の写真はスマホ(AQUOS sense7)で撮影。色合いが微妙に違うのが判る。




尾根上は常緑の低木が混じる明るい雑木林に覆われ、笹藪が蔓延るが明瞭な道型が続く。尾根から右斜面に入るとY字路があり、笹に埋もれた古い道標がある。ここは左へ。


明るく気分の良い尾根道を登る。擬木の階段で小さなピークを越えると、右側には林間の笹藪が刈り込まれた斜面が広がり、山前公園の整備された園内に入ったようだ。


緩くアップダウンすると、行く手にどんつく山辺りの高みが見えて来る。テーブルとベンチを備えた四阿もあり、快適な山散歩が楽しめる。四阿の先の分岐は左の尾根道へ進む。


尾根道を辿ると、足利市周辺の山で良く見る、露岩の多い尾根となる。振り返れば辿って来た尾根が眺められ、ベンチもあって展望が楽しめるポイントになっている。一際大きなチャートの露岩には見事に褶曲の跡が現れている。
短い急坂を登ると小さなアップダウンのある尾根となり、直進して障子岩へ至る尾根と分かれて、南に分かれる尾根に入る。直進する尾根は左側がゴルフ場に接していて、ボールが飛んでくる恐れがあるから、あまり歩かない方が良い。




南へ僅かに下って登り返すと、三角点標石(点名:宿)のあるどんつく山に着く。樹林に囲まれて展望なし。立ち木に足百No.40宿山の山名標識が架けられている。
ちなみに山名について、宿山は山麓の山下町宿(しゅく)に由来すると思われるが、点の記の付図に「どんつく山」と明記されており、どんつく山で間違いないと思われる。


山頂から南の尾根を下る。山前公園内で、良く整備された歩道が通じている。急坂を下って車道を横断すると、パノラマ展望台のある広場に出る。




展望台からの眺めは南側180°が開け、渡良瀬川沿いの市街や太田金山、八王子丘陵を一望し、一見の価値がある。左手には大七山や、次に登る内郷山が眺められる。


展望台の広場を突っ切ってさらに尾根道を降りると、山前公園の駐車場に下り着く。広い駐車場で一角にWC有。今日は駐車がなく、ガランとしている。正面の丘の上の建物が気になり、丘を登って見てみたら、山前公園の管理事務所であった。今日は人がいない様子。


事務所前の芝生の広場から尾根道を下ると、山下配水場の脇を通り、公園駐車場から下って来た車道に合流する。ここには「大前東先 薬師堂 入口」の案内標識がある。


どんつく山は登山道が整備され、行程も程々だから山散歩やピクニックに適した良い山だと思う。山前公園にはサクラ、ツツジ等の花の木も多く、お花見も楽しめるそうである。
参考URL:やまの町桐生「どんつく山」
内郷山
どんつく山の南麓から、最後の内郷山に向かう。三重小俣通りに出て東進。途中、坂西用水を渡るところに石橋供養塔が建つ。宝永の年号が刻まれ、江戸時代中期のものである。ここは車では何度も通っているが、坂西用水は川幅が狭くて、渡っていたとは気づかないし、況してや石碑があるとは知らなかった。歩けば新しい発見があるものである。


三重小俣通りを足利方面へ東進すると、行く手に内郷山が見えて来る。山麓を北関東道が南北に走行し、高くない稜線までバックリと削られた崖を見せている。痛々しい里山なので、足百のピークハントでもなければ、あまり登ろうとは思わない山だ。


北関東道の高架下を潜ってすぐ左折。太陽光発電所を回り込んで、内郷山の尾根の南端に取り付く。この辺りは油圧ショベルに掘り返されて荒れている。南端の崖の縁を強引に登り、深い笹藪に突っ込む。笹藪が酷くて、このルートはあまりお勧めできない。


とにかく、なんとか尾根上に出る。しばらく笹藪を搔き分けて尾根を辿ると、右斜面の笹藪が綺麗に切り開かれた個所がある(多分、山麓の民家の裏庭)。左斜面は崖で眺めが開け、車がビュンビュン行き交う北関東道を見おろし、大七山から野山にかけての山々を眺める。これは他にちょっとない眺めで、なかなか良いかも知れん。
笹藪は薄くなったが、雑木の煩い小枝を躱しつつ尾根を辿ると足百No.49内郷山の山名標識のある地点に辿り着く。左斜面の崖下には、北関東道との間に大きなプラントが見える(後日調べるとバイオマス発電所で、2/14に竣工・開所したそうである)。


あまり憩える雰囲気の頂上ではないので、そそくさと下山にかかって、尾根を北へ辿る。ネットで調べると、こちらから内郷山を登降している山行記録が多く、ピンクテープのマーキングが現れる。崖の縁を急降下して、笹藪が繁茂する小鞍部に着く。この先は山が切り崩された跡地に笹藪が繁って、進路が分かり難い。笹と幼松に覆われた作業道跡を辿ると、道型がはっきりして来るが、さらに進むと泥濘んだ平地に入ってしまう。振り返ると内郷山の小さいがちょっと険しい山容が見える。


平地に入る前に右側に注意しているとピンクテープがあり、これを目印に右折。起伏のある林間を抜けて、竹林から住宅地に飛び出る。いやー、この下山ルートは怪しさ満点だった。内郷山は里山ではあるが、難易度高目ではないかと思う。




路地を通って、内郷山の東麓沿いの車道に出、あとは車道を歩いて山前駅に向かう。山麓の民家の梅が満開で、梅の良い香りが仄かに漂う。三重小俣通りを横断し、両毛線の踏切を渡り、県道桐生岩舟線に出て右折。山前駅に向かう。後日、気がついたが、足百No.98離山(はなれやま)がすぐ近くだったから、序でにピークハントして来るんだった。山前駅で約30分の待ち時間ののち、15:48発の列車に乗車。桐生への帰途についた。


参考URL:やまの町桐生「離れ山」の記事に内郷山の山名がある。