本覚山〜名草山

天気:
メンバー:T
行程:名草公民館 12:20 …本覚山(170m) 12:50 …名草山(258m) 14:20 …須花の庚申塔群 14:55〜15:05 …名草公民館 15:15
ルート地図 GPSのログを地理院地図に重ねて表示します。

この日は振替休日で、仕事の疲れも溜まっていたので、家でのんびりだらだらと過ごしていたのだが、快晴で穏やかな天気となり、どこか出かけないと勿体無い気がしてきた。という訳で、昼近くになって思い立って近場の里山歩きに出かけることにし、未踏の足利百名山2座を尾根歩きで繋いで登ってきました。

桐生を11時過ぎに車で出発。途中、足利市街にあるパンヂュウの屋台に立ち寄る。この屋台の前は車で何度も通りがかったことがあるのだが、立ち寄ってパンヂュウを買うのは初めて。2軒北隣に「パンヂュウ」と書いた黄色い看板のある駐車場があり、ここに車を置く。休日には屋台の前にお客さんが行列をなしているのをしばしば目撃したが、今日は運良く1組のみ。少し待つだけで、5個(200円)を買う。車に戻り、熱々の内に頂く。かりかりと軽い歯応えのある皮とほんのり甘い餡が非常に美味しい。これは名物になるのも納得。昼食代わりに5個をペロリと平らげる。その間も駐車場にはお客さんの車が次々とやって来て、人気の程が窺える。

足利市街から北に向かい、名草公民館の駐車場に車を置く。ここから、本覚山(もとがくやま)と名草山(なぐさやま)を尾根伝いに歩いて周回するのが、今日パパッと考えたプランである。今回は先人の山行記録はザッとしか見ていなくて、本覚山は藪が酷い、くらいしか情報を持っていない。まあ、里山だし、なんとでもなるだろう。


パンヂュウの屋台


名草公民館に駐車

出発間際に駐車地の写真を撮っていると、車が2台来て私の車の隣りに停まり、登山の服装をした方々が出てきて、中のお一方と挨拶を交わす。同じく足利百名山巡りをされていて、午前中は石尊山と南陽山に登頂し、これから本覚山に登るとのこと。

先行して出発するが、本覚山にどこからどう登るか、実はまだ決めていない。歩きスマホしつつ地形図を見ると、本覚山の南の小鞍部を越える破線路があるから、取り敢えず、これを辿ってみよう。

名草川に沿って南下し、岡成橋まで来て行き過ぎたことに気が付く。振り返るとこんもりと盛り上がる小山が見え、あれが本覚山のようだ。


岡成橋から見る本覚山


西側から本覚山に向かう

少し戻って、本覚山に向かう路地に入る。数軒の民家の間を抜けて山間に入ると墓地がある。左斜面の微かな道型を登ると奥にも墓地があり、そこで道型は終点となるが、すぐ上に小鞍部が見えていて、シダと杉の枯葉に覆われた急斜面を登って容易に上がれる。


民家の脇から山間に入る


墓地の奥から小鞍部に上がる

小鞍部から左へ尾根を登る。笹藪や折れた竹が雑然として、里山らしい藪っぽさ。段々傾斜が増して胸突き八丁で登ると、東(右)から斜めに上がって来た作業道に合流する。


尾根上は竹と笹が藪っぽい


東からの作業道に合流して登る

この作業道も荒れているが道型は明瞭で、両側から篠竹が覆い被さるものの藪漕ぎの労力はない。これは大助かり。作業道を急登すると、笹藪に密に覆われた頂上部に入って傾斜が緩まる。藪で見通しが効かず、山頂はどっちだー状態。赤テープに導かれ、雑木の幹に括り付けられた「足利百名山第50座本覚山」の山名標識を見出す。意外と手強い里山だったので、無事、足百の標識を発見できて嬉しい。展望は全くなし。ペットボトルのレモンティーを飲んで一息つく。


頂上部は笹藪に覆われる


本覚山頂上の山名標識

本覚山から北へ尾根を辿る。藪で見通しが効かないので、尾根筋を探して頂上部を半周するが、何のことはない、山名標識の対面の踏み跡(赤テープ有り)が正解だった😅。この踏み跡を辿るとすぐに笹藪を抜け、冬枯れの雑木に杉や赤松、常緑樹のヒサカキが混じる尾根となる。道型は微かだが藪はなく、歩き易い。


尾根を北へ辿る


笹藪を抜けて冬枯れの雑木林を歩く

展望はなく、木立を透かして左手に名草の畑地や民家、対岸のワイン山(213m三角点峰)から石尊山あたりの山並みが見える程度。尾根の曲がり角のようなルートが分かり難い箇所には的確に赤テープの類があり、頼りになる。


西側に田島川右岸尾根を望む


道型の薄い尾根を辿る

小ピークを右斜面をトラバースして巻き、常緑の低木に覆われた急坂を登ると石祠のある小ピークに着く。石祠の正面には、最後の1文字が削れて読み取り難いが「山神社」と刻まれ、側面には「明治十五午(1882)年七月吉日」「當所 中山米蔵 建立」の銘がある。

石祠の近くの立木には、手書きの小さな案内プレートが架かっている。それを見ると、名草小学校(名草公民館の隣り)からここを経て須花トンネルへのルートが案内されている。この尾根はどマイナーなルートと思っていたが、意外と歩かれているようだ。また、名草公民館で会ったパーティには山中で遭遇していないが、このルートを経て私より先に本覚山に登頂して引き返したのだろう。


石祠
明治十丁丑(1877)年七月吉日


石祠の近くにあった案内図

石祠からさらに北へ尾根を辿る。なだらかで、あまり大きなアップダウンはない。特筆するポイントもなくて、淡々と進む。木の間越しに見える周囲の山々が徐々に大きくなって行くのが、市境稜線に近づいていることを感じさせる。やがて右側の眺めが開け、山王山にかけての市境稜線を望む。最後は短い急坂を登って、市境稜線上の264m標高点に着く。


赤テープに導かれて尾根を辿る


足利・佐野市境稜線が近い

市境稜線上には藪はなく、道型もあるので山王山まで快適に歩けそうである。今回は名草山へ。少し下ったところに「←須花城跡」の古びた標識があり、右に下る道を分ける。ちょっと興味を惹かれるが、そっちは佐野市側に下ってしまうので、今回は止めておく。


市境稜線264m標高点に登り着く


右に須花城跡への道を分ける

市境稜線を直進すると、ゆるゆると一定斜度の下りで歩き易く、冬枯れで明るい稜線がしばらく続く。やがて須花峠への短いが急な坂の下りとなる。


冬枯れで明るい稜線を下る


須花峠へ短い急坂を下る

須花峠は狭く深い切り通しとなっており、中間に「須花峠」の小さな標識がある。足利市側は菱形金網のフェンスに突き当たり、その向こうは須花トンネル入口の高い法面ですっぱり落ち、トンネルに通じる県道飛駒足利線と通行車両を俯瞰する。


須花峠


須花峠の切り通し


峠の下に須花トンネル入口を見る


切り通しから手摺のある急坂を登る

切り通しからの登りは急で、鉄パイプ製の手摺が設置されている。これを登り切ると「鎧地蔵尊趾」の石碑とベンチがある。後日調べると、鎧地蔵は名草中町の金蔵院に移されたらしい(参考記事)。

さらに登ると再び手摺のある急坂が現れ、これを登り切って広く平坦な名草山の頂上に着く。三角点標石と古い足百の標識、新しい山名標識がある。樹林に囲まれて、展望は全くない。


「鎧地蔵尊趾」石碑


さらに手摺のある急坂


名草山頂上


新旧の山名標識

あとは帰りとなるが、名草山からはどこをどう降りようか。市境稜線を少し先に進んだ江保地坂から江保地橋に下るルートは歩いたことがある(山行記録)が、やや遠回りになる。須花峠まで戻って、そこから足利側に下るのが最短だろう。

という訳で須花峠まで戻り、そこから真下に見える県道に向かって下り始めるが、道はない。枯れた笹藪が密で小五月蠅く、全くお勧めできない。法面の端っこを目指して下り、なんとか県道に降り立つ。交通量が結構多い。あとは車道の端っこを歩いて下る。

藤坂峠からの県道名草小俣線と合流する少し手前で「⇦ 須花の庚申塔群 約30m」の標識を見る。すぐそこだから立ち寄ってみよう。


須花峠から西側の県道に降りる


立ち寄ってみる

尾根の末端の斜面の一段上がったところに薬師堂が建ち、周囲の檜林の斜面に雛壇のように列をなして庚申塔が立ち並ぶ。下草が刈られて、良く整備されている。説明板によると、総数は129基。名草地域の庚申信仰により元文五(1740)年〜万延元(1860)年に渡って造立されたものとのこと。多くの石碑が建ち並ぶ様は、なかなか見応えがある。


史跡「須花の庚申塔群」と薬師堂


斜面に庚申塔が立ち並ぶ

庚申塔に混じって1体の青面金剛像がある。先日、樺崎で見た一面四臂の青面金剛像と同様、左手に大きな束のような物を持っている。こちらの方は捻れた紋様もくっきり見て取れる。これは何だろうな。謎が深まった。

庚申塔群の最上部に最も大きな塔が建つ。「庚申」の文字の上に梵字が刻まれており、他の塔にも同じ字が多く見られる。後日調べると、これは त्राः(タラーク)という梵字で、虚空蔵菩薩、宝生如来を表す種字(しゅじ)のようである。


青面金剛 一面四臂・日月・三猿


最も大きな庚申塔
寛政七乙卯(1795)年九月吉祥日

薬師堂内には「千匹猿の絵馬」や薬師如来立像、両脇侍(日光菩薩、月光菩薩)、十二神将などの木造の像が安置されているそうだが、残念ながら見られない(足利市HPに写真付き解説が掲載されている)。

偶々だが、最後になかなか良い物を見た。ここから駐車地点の名草公民館は、畑地を突っ切る道を歩いて僅かの距離である。駐車場の車は私の車1台になっていた。


畑地の中を名草公民館に向かう


名草公民館に帰り着く

今日は即席の山歩きで、約3時間の軽い行程であったが、足百2座の他、パンヂュウも初めて食べたし😋、庚申塔群も見たしで、なかなか充実した気分となって帰途についた。