櫃石〜荒山
先月の初めに温泉旅行に出かけたあとは、忙しかったり天気が悪かったりで、山歩きの間があいた。12月に入って寒さも厳しくなってきたので、一ヶ月振りとなる今週末の山歩きは近場の低山歩きにしようと考えて、赤城山南面の櫃石(ひついし)を思い付く。
櫃石は「6世紀中頃の祭祀遺産で天津神地津神(あまつかみくにつかみ)を祭った盤座(いわくら)」(前橋市HP)だそうで、一度、訪ねてみたいと思っていた。
櫃石だけだと三夜沢(みよさわ)赤城神社(標高550m)から登り約1時間の軽い行程となり、山歩きとしては少々物足りない。尾根伝いに荒山(標高1572m)まで足を延ばせば、標高差1000m、距離もそこそこ長くなって、良い塩梅の登り応えになりそう。という訳で、この週末は赤城南麓から櫃石を経て直登するルートで荒山に登ってきました。
桐生を朝、車でのんびり出発。R353三夜沢町交差点で右折、赤城神社へ直線状の坂道を上がる。右には赤城神社参道の立派な松並木が続く。赤城神社の鳥居の前から左に入ってすぐの所に広い第一駐車場(無料)があり、車を置く。晴れて風もなく天気は良いが、気温が低くて寒い。駐車場もガランとして寒々しい。インナーの長袖シャツ・長ズボンを着て行くか迷う天候だ。歩いている間は暑くなりそうと思って、今回は着て来ていない。
まず、赤城神社に参拝する。大きな白木の鳥居を潜り、鬱蒼とした鎮守の杜に覆われる境内に入る。右手に池を背にして風情のある手水舎が建つ。龍口から水が勢い良く出ているが、手水の利用は停止中との看板あり。コロナ対策かしらん。
拝殿に向かうと立札があり、御鎮祭の神事中のため「社内於響音鳴物高聲堅停止併汚穢輩立入事ベカラズ」と書いてあり、さらに、参道には注連縄が低く張り渡されている。立入禁止ではなく、拝殿まで静かに進んで参拝はできるようだが、登山の格好だと何となく憚られて、ここで手を合わせる。なお、御鎮祭は三月末午日〜四月初辰日と十一月末午日〜十二月初辰日の年2回執り行われるとのこと。今回の御鎮祭の期間は11/25〜12/5となる。
引き返そうとして、右手に石碑と「神代文字の碑」の説明板があるのに気づく。説明板によると、漢字が伝わる以前に日本で使われていた神代(じんだい)文字と呼ばれるものがあったという伝説があり、この碑には神代文字を研究した江戸時代の国学者平田篤胤の子孫が撰文して書いた神文が、対馬国阿比留家(あひるけ)に伝わる神代文字(阿比留文字)で書かれているとのこと。あひる文字!!いやー、懐かしいな。3年前に登った広島の葦嶽山で「神代アヒル文字」なるものの存在を初めて知ったが、そういう文字だったのか。群馬で所縁の物に遭遇するとは、ビックリである。
さて、櫃石への登山道の入口はどこだろう。事前に読んだ記事では赤城神社の奥から入っているが、そちらは(結界に遠慮して)行けない。鳥居前に大きな案内看板があり、それを見ると赤城温泉郷へ向かう県道大胡赤城線を少し辿った所から左に道が分岐し、至櫃石と書いてある。これが入口だな。
赤城温泉郷へ向かうと左手には太陽光発電のパネルが続き、さらにオートキャンプ場があって、櫃石への道の入口らしきものは見当たらない。左に入る林道があるので辿ってみるが、お客さんの多いキャンプ場に突っ込んで、敢えなく敗退。どこが入口だろう。それにしても、12月になってもキャンプ場は賑わっているなあ。ブームと言うのも本当らしい。
入口を探してウロウロ(この間のGPS軌跡は紛らわしいので、ルート地図からは削除した)。太陽光発電所の間の道にはいり、民家に突き当たって右折。キャンプ場の背後に入り込み、十字路に着くと「県指定 櫃石→」の道標がある。やれやれ、やっと櫃石への道に乗った。赤城神社からここまで25分もかかった(ここまでの前置きも長くなった😅)。あとは道標にしたがって進む。右手はキャンプ場で、遊んでいる子供の歓声が聞こえる。
ようやくキャンプ場から離れ、急斜面をジグザグに登る。簡易舗装の道で、の道路標識も見かけるが、土石と落葉に厚く覆われ荒れ果てて、車の通行が途絶えて久しい様子。
急斜面を登り切ると傾斜が緩み、浅い窪を経て、広くなだらかな尾根の上の山道となる。ササが繁茂しているが、道幅広く刈り払いされて歩き易い。一直線に緩く登ると「←0.65km 櫃石」の道標があり、ここで道は左に折れる。
広い尾根を横切ると少し傾斜が増して、短い急坂を登る。登り着いた尾根上にも「0.3km→ 櫃石」の道標あり。尾根道を緩く登ると、松林の中に「群馬県指定史跡 櫃石」の石碑と低いフェンスに囲まれた巨石がある。この巨石が櫃石だ。
櫃石は高さ2.5m、周囲12.2mと言う。正面から見ると前面が三角錐状に尖った卵形、反対側から見ると四角錐台の形をしている。天辺は平らで、供物を載せるのに良さげ。がっちりと緻密な岩で、表面は比較的滑らか。周辺に小さな岩はあるが、これだけの巨石が平坦な尾根上に孤立して鎮座しているのは、やはり目を引き、神さびた雰囲気がある。
櫃石から先の尾根には道はない。笹原や灌木の藪が広がるが、藪漕ぎと言う程、酷くはない。すぐに878m三角点(点名:柩石)の標石を平坦な笹原の中に見出す。尾根は広く僅かに下り気味。冬枯れで樹林の中は明るいが、見通しが効かなくて方向を定めにくい。まあ、真っ直ぐ進めば大丈夫。僅かな登りに転じるとそこはかとなく踏み跡が現れ、断続する篠竹藪の中には道型が通じ、快調に進む。ピンクテープや境界見出し表も目印になる。
ふと気がつくと、右手に道標があり、赤城温泉から荒山高原に向かう登山道に合流する。櫃石からはだいぶ進んだような気がしたが、時計を見ると20分もかかっていない。ここからは関東ふれあいの道で道標等も整備され、荒山まで歩いたこともある既知の道だから、気楽だ(山行記録)。
登山道は丈の低い笹原の中をゆるゆると一直線に登って行く。楽だが、樹林に覆われて展望がなく、いささか単調だ。途中、ツツジの群落があるが、この時期はもちろん花は咲いていないから、景色も変わり映えしない。しかし、他のハイカーさんには全く遭わず、久し振りにひと気のない静かな山歩きが楽しめるのは良い(同じ山域でも黒檜や鍋割は賑わっているだろう)。
やがて登山道は左折し、荒山の南面をトラバースする道となる。木の間越しだが、山麓や鍋割山の稜線が眺められ、変化が出てくる。小さな枯れ沢を横断する箇所で、直進して荒山高原に向かう道と分かれ、右折して荒山へ直登するルートに入る。この地点の道標には「荒山1.5km 標高差 380m 休憩舎 0.9km 標高差 230m」と書いてある。頂上まであと小1時間だな。時刻は正午を過ぎ、腹が減ってきた。
荒山への直登路に入り、枯れ沢に沿って登る。すぐに大岩が現れ、道型が不明瞭になるが、枯れ沢の対岸に階段道が続いている。冬枯れで明るい樹林と丈の低い笹原に覆われた気持ち良い斜面を登る。道型は薄く、歩く人は多くなさそう。登るにつれて風が出てきた。腹ペコだが、風を避けて昼食で休めるような場所もない。休憩舎まで頑張ろー。
傾斜が強まり、木の階段道を急登する。木立の切れた所から山麓と関東平野を俯瞰する。だいぶ標高が上がってきた。腹減ったー。
ツツジと笹原の斜面を登って、ようやく休憩舎に到着する。片側の壁と腰掛けがあるだけの薄い建物だが、ゴウゴウと吹き抜ける寒風を避けることができ、ありがたい。ここで昼食とし、フリースを着込んで、まずは寒いけど缶ビールとレトルト鯖味噌煮。ガソリンストーブで鍋焼きうどんをぐつぐつ煮立てて、食べる。熱いうどんが美味く、体の芯から温まる。デザートに柿を食べて、エネルギー補給完了。今日の寒さはまだ大したことがないが、山上はもう真冬ということを実感。次の山行はインナーを着た方が良さそうだ。
休憩舎を出て、荒山に向かう。ここからは荒山高原から周回してきたハイカーさんがパラパラと居て、数組と交差する。
ほどなく、ひさし岩に到着。今日の山行では、ここが一番の好展望地だ。足元は荒砥川源流・太子沢と湯ノ沢へ深く切れ落ち、下方の谷間には赤城温泉の建物を俯瞰、その向こうに関東平野を一望する。対岸の尾根には県道大子赤城線(スカイボルトライン)が大きくジグザグを切って通じているのが見える。その奥には鳴神山稜や、遠く筑波山の山影を望む。目を左に転じれば、地蔵岳や駒ヶ岳、長七郎山の展望が良い。
ひさし岩からの展望を楽しんだのち、さらに尾根道を登って、立派な石祠と三角点標石のある荒山の山頂に着く。樹林に囲まれて展望は乏しいが、北側の小さな岩場から県北の子持山や吾妻耶山が眺められる。その奥の上信越国境の山々は灰色の雲の中。あそこいらはもう完全に冬山の世界だろうな。
荒山の頂上を辞して、往路を戻る。ひさし岩からの展望に名残りを惜しみ、休憩舎を通過して尾根道を下る。復路は時々山麓を眺めながらの下りとなる。途中、左折すべき所で誤って直進しそうな箇所があるから、要注意。
さらに笹原の中に微かな踏み跡が続き、下りの場合は方向が定め難いかも。荒山高原からの登山道に下り着けば、あとはなだらかで歩き易い道だ。
だんだん雲が広がり、陽も傾いて薄暗くなってきた中、緩やかな尾根をちんたら下る。赤城温泉へ左折する道から分かれて、尾根上を直進する。だだっ広い尾根も櫃石の三角点に向かっては僅かな登りになるから、進路は定め易い。
再び櫃石に辿り着くと、ソロハイカーさんが入れ違いに帰るところだった。櫃石まではそこそこ訪問者がある、ということだろう。
ふと、櫃石の石碑の裏面に説明文が刻まれていることに気が付く。往路では見逃していた。曰く、江戸時代の中頃に周囲から土器や石製模造品が発見され、注目された。天手くじりという祭祀用の土器や石製模造品の玉、鏡、剣が出土した、とのこと。「手くじり」とは、後日調べると「手抉(たくじ)り」が正しい用語らしく(前橋市HPにも「あまのたくじり」とある)、「上代、土を指先でえぐりへこませて作った粗末な土器。神前の供え物を盛ったもの。」だそうだ。
あとは登山道を下って、山麓のキャンプ場に着く。家族連れは既に帰って静かになっているが、明日は平日にも関わらず、ソロキャンプの人が結構残っている。ソロキャンも流行っているなあ。私も久々にテント泊やりたい(が、来年暖かくなってからだな)。
キャンプ場を過ぎて、民家の前を直進すると、赤城神社の鳥居前の通りの半ばに出た。道標がないので、往路ではここが櫃石の入口とは分からなかった。他の車はほとんど帰って、ますますガランとした駐車場に帰着。今日は櫃石を訪問できたし、荒山への往復はちょうど良い登り応えがあり、静かな山歩きが楽しめた。
帰りは粕川温泉元気ランドに日帰り入浴で立ち寄る(520円)。多くのお客さんが来場して繁盛しているが、浴場が広いので余裕がある。寒い中、一日歩いたあとで、温泉に浸かって温まるのは最高。じっくり温まったのち、早くも日が暮れた道を桐生へ帰った。