ネコブ山〜下津川山
利根川源流域を取り囲む上越国境稜線には、顕著なピークで山名もあるのに、一般登山道のない山がいくつもある。豪雪地帯にあってデブリに浸食された渓谷は深く険しく、稜線は雪の重みに耐えた密藪に覆われて、残雪を利用した尾根歩き以外で登ることは難しい。
そんな秘峰の一つに下津川山(しもつごうやま)がある。この山の残雪期の登山ルートには、国境稜線縦走の他に、三国川(さぐりがわ)上流の十字峡から桑ノ木山、ネコブ山を経て下津川山に至る銅倉尾根が知られている。縦走よりも一つの山を麓からじっくり登る方を好む私としては、銅倉尾根から登る下津川山は魅力的で、以前から憧れの山だった。
5年前に、まずは偵察ということで、十字峡からネコブ山の日帰り往復に挑戦したことがある。そのときは予想以上に厳しい登りにバテて、ネコブ山には届かず、桑ノ木山までの往復が精一杯だった。下津川山まで行こうとすれば途中でのテント泊が必要になり、幕営装備を担いであの厳しい登りをこなさなければならない。これは大変な山だ、と実感した。
ネコブ山は「岳人」選定の「マイナー12名山」の一座に挙げられているそうで、今回はマイナー12名山にこだわりをお持ちのMさんに同行頂くことになり、ネコブ山頂上でテント泊の1泊2日、状況次第で下津川山まで足を延ばす計画を立てて、出かけて来ました。
桐生を未明の4時に車で出発。関越道を六日町ICで降りて三国川ダムに向かい、ダム管理所の駐車場に車を置く。この先にゲートがあり、車は通行止めである。駐車場には既に7、8台の車があり、テントも一張りある。結構、登山者が多いようだ。
ここから、しゃくなげ湖右岸の車道を歩いて十字峡に向かう。今日は快晴無風で、天気については全く心配がない。テントはMさん、コンロ、コッヘルは私が担当。食料と個人装備の寝具、防寒具、12本爪アイゼン、ピッケル、ワカン(使わなかった)、ストックを加えて、70ℓのザック(OSPREY Aether 70)がずしりと重い。行く手にはこれから登る銅倉尾根の急角度の末端が見える。まあ、バテないように、ぼちぼち行くとしよう。
湖岸道路も数カ所で残雪に覆われているが、特に問題なく、1時間程で十字峡に到着する。意外と短く感じられたから、体調はなかなか良い。銅倉尾根の遥か奥には桑ノ木山の真っ白な頂上が仰がれ、5年前の山行が思い出されて、この先の厳しい登りを改めて覚悟する。
冬期休業中の十字峡の売店を過ぎ、三国川本流を落合橋で渡る。丹後山と本谷山の登山口に向かう三国川沿いの林道は残雪に埋もれている。この林道は平年で6月まで雪が残り、激流を下にして急斜面のトラバースや不安定なスノーブリッジが連続し、通行は危険だ。
落合橋から十字峡トンネルを抜けて下津川橋の袂に出ると、右側に銅倉尾根取り付きの導水管がある。この導水管の脇の階段を延々と登る。最初はほとんど梯子に近い急傾斜の鉄階段で、その上は多少傾斜が緩むが、経年変化で風化したコンクリの階段が続く。階段が雪で塞がっていると、この急傾斜では登るのが危ないが、今日は一部に雪が残って階段が狭められる程度で済んでいる。
25分程で管理小屋の建つ導水管上端に登り着き、ようやく階段登りが終わる。八海山を眺めて一休み。小屋裏手の法面の右側から取り付いて、短い岩場を攀じ登ると、残置ワイヤのある小ピークに着く。ここまでの登りは高度感もあり、ちょっとした難場だ。
ここからは痩せ尾根上の急登となる。明瞭な踏み跡が続き、小枝が少々煩い位で藪漕ぎはない。ブナ林の足元にイワウチワが群れ咲いているが、荷が重いのでカメラを近づけて撮影するのに骨が折れる。
かなり登って傾斜が徐々に緩むと、やっと残雪が現れる。気温が高いため、雪は軟らかい。尾根上に雪庇が連続し、急坂に差し掛かる辺りで、念のためにアイゼンを付ける(重いので、担ぐより履いた方が楽)。途中で、先行していた3人パーティーを追い抜く。その先にもトレースがあり、まだ先行者がいるようだ。左側の林が切れて、八海山から中ノ岳、丹後山にかけての白銀の稜線が展開する。
1196m標高点で急坂も一段落するので、再び一休み。ここから先は緩く広大な雪尾根が続き、開放的で素晴らしい景観だ。暑いので、既にTシャツ1枚で登っている。今日はこんがり日焼けしそう。ゆっくり登って来たせいか、荷が重いにもかかわらずあまり疲れていない。ほぼ360度の大展望を楽しみながら、のんびりと登る。右側遥か下には出発地点のしゃくなげ湖のダムサイトが俯瞰される。既に800m程の標高差を登って来た。地形が急峻なせいか、余計に高度感がある。
桑ノ木山の頂上は平坦でだだっ広い雪原となり、どこが最高地点か判然としない。GPSに登録しておいた三角点の位置を頼りに、まあこの辺かなという場所で大休止とする。
前回はここで、一時的に全く歩けなくなる位、激しく足が攣った。今回もちょっと攣りそうな気配があるが、大丈夫だ。脚力が向上している訳ではなく、2回目なので気持ちに余裕があり、ペース配分も良かったようだ。
しかし、登りはまだまだこれから。ここから仰ぐネコブ山は、結構遠くて高い。下津川山はネコブ山の向こう、遥か彼方だ。気合いを入れ直して、行くとしますか。
しばらく緩く広い雪原を進んで、ネコブ山の急な登りに取り付く。尾根上の雪庇はところどころで割れていて、右側斜面に回り込んで登る。残雪が薄く、灌木や笹藪がポツポツ出ている。雪で撓められた灌木が跳ね上がることがあるので注意。
ここで、ひょんな切っ掛けでサングラスの片側のレンズが外れてしまう。フレームを締める螺子が長年の使用の間に腐食して折れたらしい。サングラスがないと雪目になって大事である。応急的にビニルテープでフレームとレンズを固定して、事なきを得る。
急な雪斜面を登り切ると、ネコブ山の平坦な頂上稜線の一角に着く。左(南東)側は雪庇となって銅倉沢に落ち込み、右(北西)側は緩やかな雪斜面となっている。稜線の先に雪のない黒々とした瘤がポチッと飛び出ている。あれがネコブ山の頂上だ。あとは稜線漫歩で頂上に向かう。
瘤の基部に幕営にうってつけの小平地がある。ここにテントを設営したのち、350ml缶ビールとつまみの鯖缶、豆類、チーズを持って瘤に上がる。まだTシャツ1枚で居られるほど、風が穏やかで暖かい。360度の展望を楽しみつつ、まずは雪でキンキンに冷やした缶ビールで乾杯!最高に美味い〜\^o^/
正面には下津川山と小沢岳が双耳峰の様に並び立つ。ネコブ山から下津川山に繫がる尾根は、途中の最低鞍部が急なギャップになっているように見える。明日はあそこの通過が問題になるかも。
下津川山の右には巻機山、柄沢岳、遥か遠くに谷川岳、左には本谷山、越後沢山、丹後山と上越国境稜線の山並みが続き、越後三山に連なる。素晴らしい山岳景観だ。ビールの次は350mlペットボトルに詰めて来たウィスキーを飲み始め、気がつくと8割方空けていた。
頂上には、某K大WVが残したプレートがハイマツに付けられている。固定用の針金の切れっ端を頂いて、サングラスを補修し、ほぼ完璧に具合良くなった。これからは非常用に細い針金も持つことにするか。
この場所は平坦で居心地良し、展望も良い最高の幕営地だ。夕方になって、頂上稜線の離れた所にテントを張ったパーティーがあった。雪を融かしてお湯を沸かし、麻婆春雨とレトルト御飯の夕食を頂く。その後、すぐにシュラフに入る。寝入り端は寒くなかったが、夜半から強い風が吹いて冷え込んだ。
ぐっすり眠って、4時にMさんに起こされる。うーん、まだ眠り足りん(^^;)。朝食は、ナメコを入れたマルちゃん正麺。まだ風が強いので、テントを畳んで不要な荷物と一緒に瘤の上にデポし、防寒着と昼食のみの軽装で5時半に出発する。周囲の山々は朝靄に包まれているが、今日も快晴だ。朝焼けに薄く染まる残雪の山々が美しい。昨晩の冷え込みで雪が締まり、アイゼンが良く効く。
ネコブ山の広い雪尾根を降りると痩せ尾根となり、一部は雪が落ちて尾根上の藪を漕ぐ。とはいっても低い藪でそこはかとなく踏み跡もあり、比較的歩き易い。最低鞍部で急なギャップに見えた個所は、実際には緩くて何の問題もない。昨晩、ネコブ山にテント泊の3人パーティーが我々の後に少し離れて続き、やはり下津川山を目指すようだ。
最低鞍部からの登りもしばらく痩せ尾根が続き、分厚い残雪がズタズタに割れていて、シュルンドや隠れた割れ目にヒヤヒヤする個所が多い。先行者が踏み抜いて落ちた穴があり、覗き込んだら縦横深さとも数mはありそうな空洞が広がっていた。こわ〜。
下津川山への登りの半ばを過ぎると、べっとり雪がついた幅広い尾根となり、快適に登高できる。小沢岳は、ネコブ山からは下津川山の双耳峰のように見えたが、近づいて見ると、実は結構離れた大きなピークであることが分かる。余裕があれば序でに小沢岳にも登ろうかという気もなくはなかったが、これはちょっと大変。止めておこう。
最後は短い急坂を上がって、笹と低木に覆われた下津川山頂上の登り着いた。三角点標石のまわりが小さな平地になっていて、居心地の良いピークだ。ただし、後続の3人パーティーも程なく到着して5人になると、もう満杯の狭い頂上である。
頂上の展望は、ここも360度。利根川源流域を隔てて至仏山から平ヶ岳にかけての上越国境稜線は、逆光で少し霞が掛かっている。頂上から北東に向かう国境稜線は、蛇行しながら本谷山、越後沢山に向かって続いている。稜線上の雪は割れ、藪が出ていて、快適な残雪歩きには時期が少し遅いようである。お隣の小沢岳は大きく、そこから一旦高度を落として、真っ白な巻機山へ盛り上がって行く。その先の柄沢山〜谷川岳の稜線もなだらかで真っ白だ。次の残雪の山の目標はあの辺りだな。
展望を堪能したのち、往路を戻る。3人パーティーの内の2人は、小沢岳まで往復するそうだ。
下津川山からの雪尾根の下りは、正面にネコブ山を眺めつつ、楽で早い。その先は雪が割れた痩せ尾根となる。途中、雪の割れ目を越えるときに足元の雪が崩れ、シュルンドに落っこちた。危ない、危ない。這い出るのに苦労する。下は岩場で、落ち方によっては怪我をするところだったが、運良く右腕にかすり傷を負った程度で済む。
最低鞍部からの登り返しでは尾根上の藪を嫌い、右側の雪斜面をトラバースしてみたが、斜面の雪は余計にズタズタ。ここはやはり尾根通しが安全だ。藪も大したことはない。ネコブ山への登りは広い雪尾根で、ここまで来ればあとは危険な個所はない。
ネコブ山頂上に帰着し、デポした荷物をパッキングする。桑ノ木山の方から単独行の若い人が登って来て、下津川山に向かって行った。もしかして下津川山へ日帰り?もう一人、単独行の年配の方がいらしたので話を交わす。ダムサイトを4時に出発したそうで、6時間でネコブ山を登ったことになる。軽装だからと謙遜されていたが、なかなかの快速登山である(ちなみに今回の我々は7時間40分)。
再び重たくなったザックを背負って下山にかかる。しかし食料が減って行きよりは軽いし、なにより下りは楽である。ネコブ山からの下りで、2人パーティーとすれ違う。銅倉尾根もなかなかの賑わいである。
桑ノ木山で一休みし、雪尾根をどんどん下る。気温が上がって雪はかなり緩い。湿った雪の中を長時間歩いたため、登山靴の中も湿ってきたが、あとは下るだけだから大丈夫だ。
雪が消えた所でアイゼンを脱ぎ、痩せ尾根を急降下する。この下りが長く感じられたのか、さすがのMさんも、ネコブ山は人に勧められるが、自分はもう来たくない、などと珍しく愚痴を零す。まあ、それくらい大変な山と言うことで。
尾根の下部では、行きには僅かな数が咲いていたタムシバが満開となっていた。この2日間の陽気で、一気に開花が進んだようである。
眼下に十字峡が見え、導水管上端の小屋の屋根が見えれば、もう一息だ。岩場と導水管脇の長い階段を慎重に下る。ようやく降り着いたときはホッとして、緊張が解けた。
あとは湖岸の車道をテレテレ歩いて、ダムサイトの駐車場に戻る。周囲の山肌には、この2日で新緑が一気に広がっている。しゃくなげ湖オートキャンプ場前では、緋桜の並木が満開だ。残雪の山歩きは、山麓の春の景色も楽しみの一つである。
帰りは5年振りに畔地♨に入浴で立ち寄る(400円)。案の定、日焼けした腕はヒリヒリして湯船に浸せないが、2日間の汗を流してさっぱりする。下界は暑いので、コンビニに立ち寄ってアイスを買い入れたのち、六日町ICから関越道に乗って、桐生への帰途についた。