松之山温泉・宝川温泉

〜20日(月)
メンバー:S,S,T

日本秘湯を守る会の宿に泊まる毎に貰ったスタンプが10個貯まった。守る会の宿には、スタンプ10個で泊まった宿の中から選んだ宿に1泊無料招待、というサービスがある。この特典を利用して、一昨年、信越トレイルの東端の山歩きで泊まって気に入った松之山温泉・凌雲閣を再訪し、翌日は宝川温泉・汪泉閣に泊まって(こちらは通常料金)、上越方面を観光して来ました。

今回の温泉旅行は、当初は3月下旬の予定でしたが、直前の東日本大震災と栄村大震災で宿にも被害が出たり、燃料や電力の逼迫等、諸々の事情により延期していました。6月になり、宿から宿泊出来るようになったとの連絡を頂いて、出かけて来ました。

6月18日
天気:時々

桐生を車で出発し、11時頃、越後湯沢駅にて新幹線で来たS&Sと合流する。今日は雨が断続的に強く降る生憎の天気。山歩きは止めて、ドライブで観光しながら松之山温泉に向かうことにする。

R17沿いの蕎麦屋で昼食をとったのち、塩沢の鈴木牧之(ぼくし)記念館に立ち寄る。牧之は、江戸時代後期に雪国越後の民俗、習慣、伝統、産業を活写した名著『北越雪譜』を著した人だ。北越雪譜は現在、岩波文庫で読める。苗場山登山の紀行が掲載されているなど、越後の山が大好きな私にとって、大変興味深い本だ。記念館には、牧之の几帳面な性格が窺える書簡や、文化人としての才能を示す詩や絵が多数展示されていて、質量とも充実。なかなか面白かった。お勧め。

塩沢からR253を経て八箇峠に上がり、魚沼スカイラインに入る。魚沼スカイラインは魚沼丘陵を縦走する山岳道路で、越後三山の展望と秋の紅葉が有名。一度、ドライブしてみたいと思っていた道だ。しかし、今日の湿気った天気では、残念ながら越後三山は見えない。秋にまたおいで、ということですかね。八箇峠見晴台からは、マイナーな山ながら山名に少々興味を惹かれている中将ヶ岳が眺められた。稜線上に踏み跡があり、これを辿れば頂上まで行けそうだ。

鈴木牧之記念館
魚沼スカイライン・八箇峠見晴台
奥の三角形の山が中将ヶ岳

魚沼スカイラインを南下し、終点まで行かず途中で十日町側に降りる。十日町から松之山温泉へはもう一回山越えするルートが最短だが、残雪や震災の影響で通行止の所が多く、結局、松代を経由する大回りルートで松之山温泉に着いた。

越後松之山温泉・凌雲閣(旧館)
凌雲閣の横手に咲くキショウブ

凌雲閣のレトロな佇まいは、一昨年訪れた時と同じだ。前回は旧館に泊まったが、今回は近代的な新館に宿泊となる。無料招待なのに一番広くて良い部屋だった。夕食もご馳走で、大満足。

6月19日
天気:
行程:駐車場 9:40 …岩見堂岩 10:00 …駐車場 10:20
ルート地図 GPSのログを地理院地図に重ねて表示します。

今日は幸いにも雨が上がり、山歩き日和だ。まず、松之山温泉のかつての名所?の岩見堂岩を探訪する。一昨年に松之山温泉に来た時も行こうとしたのだが、登山口を探すのに右往左往して、なんとか登山口は見つけたものの、雨に降られて断念したところだ。

松之山温泉の旅館街の奥から湯峠へ車道を登り、湯峠で左に分岐する林道に入る。すぐに右に大松山への林道を分け、左に溜め池を見て、幅の狭い道をずんずん奥に入ると広い駐車場がある。ここが現在の登山口だ。車を置き、デジカメだけを持って歩き始める。

駐車場の先に続く林道を辿ると右側に小さな池があり、水面に差し掛かる梢にはモリアオガエルの白い卵塊が絡まり着いている。池の手前の朽ちた木道を渡り、樹林の中の踏み跡を登ると、幅の広い山道に出る。林道が開通する前に使われていた旧道らしい。山道を進むとすぐに峠に着き、旧道と分れて稜線上の踏み跡を辿る。樹林の緑が瑞々しい。稜線の脇に眺めの良い露岩があり、山麓の田園を見守るように苔むした石祠が祀られている。

岩見堂岩駐車場
旧道
緑滴る山道
石祠

岩見堂岩に向かうと看板があり、「岩見堂は足場が悪く危険です。充分注意して下さい。松之山町」と書いてある。人の訪れは少なくても、整備の手は入っているようだ。僅かな距離だが脆い岩場に掛かる細い鎖を摑んで登ると、岩見堂岩の隣りのピークに着いた。

岩見堂岩はすぐそこだが、立ち入り禁止のロープが張られていた。風化が進んで崩落の危険があるためらしい。凌雲閣で見た往時の写真のように、岩の上に寝そべることは残念ながらできないようだ。しかし、一昨年来の宿題が果たせたのは満足。写真を撮って、往路を駐車場まで戻る。

脆い岩場に細い鎖が掛かる
岩見堂岩

次は、上越市安塚区の菱ヶ岳(1129m)を目指す。菱ヶ岳北麓のキューピッドバレー・スキー場を過ぎ、登山口の伏野峠へつづら折れの車道を走る。震災の影響で路面が所々ひび割れていて、白ペンキでマーキングされている。車道は菱ヶ岳の中腹に差し掛かったところで、なーんと通行止になっていた。周辺には山菜採りの車が多数停まっている。

ここから山頂では想定外の距離があるので、麓に引き返して、今度は野々海峠への車道を登ってみる。しかし、こちらも菖蒲キャンプ場で通行止。時期が早過ぎたのか、震災の影響か。調査不足だったなあ。菱ヶ岳は断念、新たな宿題になってしまった。誰もいないキャンプ場には明るい草原が広がり、展望も良いので、ここでパンを食べて昼食とする。

菖蒲キャンプ場より野々海峠を仰ぐ
菖蒲キャンプ場より
米山(左奥)と刈羽黒姫山を遠望

今日の山歩きはこれで諦めて、今宵の宿の宝川温泉・汪泉閣に向かった。

6月20日
天気:

実は昨日の昼食あたりから少々体調が悪くなり(以前から尿管に結石があり、調子が悪いと背中が痛くなる)、宝川温泉まで運転するのがやっとの状態だった。一晩休んで具合は良くなったが、今日は無理せず、宿の近くにある展望台を往復する軽い散歩にする。

宝川温泉露天風呂入口
白鷹橋より宝川の眺め

サンダル履きで、宿の横手からブナ林の中の遊歩道を登り始める。不動明王が祀られた枝沢を渡ると、展望台まであと600mと書かれた道標がある。山腹を絡んでブナ林をゆるゆると登ると、銅像の立つ展望台に着いた。銅像の銘文には「小野喜興三翁彰徳像 建設大臣 木暮武太夫 書」とある。

展望台入口の不動明王
展望台の銅像

木の間から宝川温泉の全景を眺めることができ、展望台の名に相応しい。宿の向こうに広がる無木立の斜面は、スキー場の跡地らしい。それにしても、今日は良く晴れて暑い。汗が引くまでゆっくり休憩し、宿に戻った。

展望台より宝川温泉全景
矢木沢ダムより家ノ串

宝川温泉をチェックアウトしたのち、この春に家ノ串に登ったときに訪れた矢木沢ダムを再訪した。ダムの堤上から眺める奥利根県境の山々は、稜線上にまだ雪を残している。ダム堤を左岸に渡るとダム建設殉職者の慰霊碑があり、振り返ると家ノ串の頂上が見えた。こちらはさすがに雪はない。

慰霊碑の裏から奥利根湖左岸を巡って利根川源流に向かう歩道がある(あった)はずだが、入口は草藪に覆われて、微かな踏み跡も消えようとしていた。水上駅でS&Sと別れ、桐生への帰途についた。