家ノ串
家ノ串(いえのぐし)は奥利根湖の西、刃物ヶ崎山(はもんがさきやま)から矢木沢ダムへ落ちる尾根の中間にあるマイナーなピークだ。群馬300山で紹介されているが登山道はなく、かしぐねさんやねくらハイカーさんの山行記録によると、ひたすら藪が続くらしい。なるべく雪を利用して登りたいが、冬期は矢木沢ダムへの車道が通行止となり、開通を待たないとアプローチできない。残雪が多い今年は好機、と狙っていたところ、13日の金曜日に冬期閉鎖が解除されたので、Mさんに同行頂いて早速出かけて来ました。
桐生を車で4時に出発し、高速を経由して5時半頃、矢木沢ダム管理用道路入口の屋倉橋ゲート(須田貝ダム下流)に到着する。ゲートの前には6時のゲートオープンを待つ車の長い列ができていて、その最後尾につく。ほとんどの車が小型エンジン付きボートを牽引しており、奥利根湖は思った以上にボート釣りが盛んなようだ。車内で朝食を摂って、ゲートが開くのを待つ。
ゲートが開き、車の列は一斉に走り出す。矢木沢ダムに着くと、再び車の行列ができている。これは湖面にボートを降ろす順番待ちで、我々には関係ないので手前の駐車場に車を置く。こちらにも既に多数の車があり、前日からテント泊の人もいた。ピッケルを携行し、この時期の雪は柔らかくて無用だろうからアイゼンは置いていく。
ダム資料館のWCをお借りしたのち、ダムの天端から奥利根湖を眺める。ここから上流の利根川源流域は、立ち入ることが難しく大自然が残された憧れの山域だ。湖の奥には小沢岳や幽の沢山辺りの残雪の峰が雄大に聳え、素晴らしい山岳景観だ。
前出の山行記録によると、家ノ串への登り出しはコンクリ擁壁に架かる梯子を登って尾根に取り付いているが、現在は撤去されて梯子はない。擁壁の左端から尾根に取り付く。
尾根の末端からいきなり根曲がりの灌木の藪に突入する。豪雪で風化したコンクリの建物(TV施設)を過ぎると、アスナロの幼樹が進路を塞ぐ。ところどころに古いテープ類があるが、踏み跡は全くない。
1009m標高点に登り着いて一休み。木の間越しに奥利根湖の湖面が見える。ここからはクロベ(別名ネズコ)の鬱蒼とした林となり、下生えが少なくて歩き易い。林床にはイワウチワが咲き、ところどころに残雪が現われる。
しかし、快適に歩ける区間は短く、すぐにクロベの幼樹の藪が蔓延り出す。1113m標高点の小ピークを越えてひたすら登ると、急に針葉樹林を抜けて、若く疎らなブナ林に出る。尾根は広く緩くなり、ようやく残雪の上を歩ける。
クロベと笹に覆われた1250m峰まで登れば、家ノ串への行程のほぼ半ばだ。木立を透かして、武尊山や先月登った雨ヶ立山が眺められる。
1250m峰から尾根を少し下ると、家ノ串の頂上が先っぽだけだが初めて眺められる。鞍部は笹藪が深い。残雪を緩く登って次の小ピークを過ぎると、クロベの並木に笹とシャクナゲが混ざる藪尾根となり、斜面に断続する残雪をトラバースして登る。大きな根株の上に何本も幹が生えた「根上がり」のクロベが見事だ。
尾根が痩せてくると、ようやく頂上を頭上に仰ぐ。頂上直下は急峻な雪の斜面で、アルペン的景観だ。灌木と笹がどうにもならない程密生する稜線を避け、Mさんをトップに雪の急斜面を登る。ここは滑落したら止まらない傾斜なので、ピッケルがないと登れない。
最後は小さな雪庇にピッケルを突き刺しステップを刻んで慎重に越える。この雪の急斜面の登りは緊張した。膝に手をついて、息を整える。
登り着いた頂上は家ノ串の東峰で、藪に囲まれて狭く、居心地はいまいち。西峰の方が少し高いので、そのまま西峰に向かう。西峰への稜線も密藪だが、北斜面の残雪を拾えば歩き易い。刃物ヶ崎山が全容を現わす。周囲の白い山々の中にあって黒々とした東壁が異彩を放ち、山名のイメージとピッタリだ。
残雪を緩く登って西峰の頂上に到着する。東峰より広くて展望が良く、刃物ヶ崎山へ続く稜線を見渡すことができる。稜線には雪が残っていて4分の3までは問題なく歩けそうだが、最後は頂上へ突き上げる急峻な岩稜となっている。家ノ串〜刃物ヶ崎山は片道2時間はかかるとのことなので、日帰りはやはり難しい。あわよくば刃物ヶ崎山まで、と目論んでいたMさんもあっさり断念する。
藪漕ぎと急登で苦労したので、喉がカラカラだ。缶ビールを残雪でよく冷やし、刃物ヶ崎山や県境稜線の雪山を眺めながら乾杯。うーむ美味い、美味すぎる(^^)。お湯を沸かして、コーヒーとちょい食べカレーをつけた餅で昼食とする。
のんびり一時間休憩したのち、西峰から東峰に戻り、下山にかかる。頂上直下の急斜面は、藪と雪の境界を下る。藪の中も下りならばまだ下れる。急斜面を降り切ったところで、単独行の男性(後日、インレッドさんであったことがわかる)が登ってくるのと出会って挨拶を交す。
1250m峰からは残雪の緩い斜面を気持ち良く下る。ブナの黄緑色の梢が綺麗だ。すぐに針葉樹林の藪に入る。こんな藪尾根をよく登ってきたなあ、と自分に感心しつつ下る。
1009m峰を過ぎ、往路ではあまり見る余裕がなかったタムシバの花やシャクナゲの鮮やかなピンクの蕾を見ていると、いつの間にか空が暗くなってきた。上空で大きな雷鳴が一発、周囲の山々に残響が尾を引く。そのあと一瞬、雨粒が落ちてきたが、幸い雷雲は去って雨は降らず、矢木沢ダムに降り着くころには青空がのぞいていた。
車に戻り帰途につくと、雷雲に追い付いて本降りの雨をくぐり抜ける。既に今年3度目でこちら方面の定番になった温泉センター諏訪の湯に立ち寄ったのち、桐生に帰った。