白砂川
白砂山の東に延びる上越国境稜線には、上ノ間山(2033m)、忠次郎山(2084m)、上ノ倉山(2108m)と、2000m峰が連なる。白砂山には野反湖から良い登山道が通じているが、その先の国境稜線は密藪に覆われ、上ノ間山〜上ノ倉山に至る道はない。国境稜線の南面(群馬側)は白砂川、北面(新潟側)は清津川の源流域で、共に長大で奥深い渓谷となり、流域から稜線への登山道も全くない。したがって、これらの山々はもっぱら藪が豊富な雪の下に隠れる残雪期に縦走されていて、無雪期に登るのは藪漕ぎ上等の大学WVくらいである(参考URL)。
今回、桐生山野研究会のMさんから白砂川の沢登りのお誘いがあった。沢登りは少し経験があり、群馬県内では湯檜曽川本谷やヒツゴー沢、鷹ノ巣C沢を相棒と登ったことがあるが、一人では危ないので、単独行がメインになってからは止めていた。滝の直登とかも、もう怖いのであんまりやる気がしない。
しかし、白砂川は行程は長いものの、河原歩きが主で大きな滝もなく、易しそうだ。一カ所悪場があるが、容易に高巻けるらしい(実際はそう甘くはなかった)。最後は支流の赤沢を詰めて上ノ間山(かみのあいやま)に登り、白砂山まで国境稜線を縦走して野反湖に下る。『道のない山に沢から登る』のは(最近はご無沙汰しているが)私の最も好みの山登り形態の一つなので、とても魅力的な計画だ。
という訳で、Mさんの計画に参加して、行って来ました。当初はMさんと2人で海の日の連休に出かける予定だったが、沢登りには不向きな天気になってしまったため、南ア・笊ヶ岳に転進。仕切り直して、このお盆休みに出かけることになる。メンバーにMさんの奥さん、中学生の息子さん、Mさんの山仲間で沢登りのエキスパートのHさんが加わって、総勢5人のパーティとなった。
午前4時にMさん一家を乗せて、桐生を車で出発する。途中、道の駅「六合」でHさんの車と合流し、野反湖へR405を上がって、湖畔の白砂山登山口に向かう。登山口には広い駐車場がある。車から外に出ると、強風ですごく寒い。さすが山上の天候は厳しい。先月のトムラウシでの気象遭難を思い出す。山行の間、天気が良ければいいが…
私の車はここに置き、Hさんの車に全員乗り換えて、白砂川の入口に向かう。R405から分岐して四万温泉に抜ける万沢林道に入る。最初は比較的平坦な未舗装道だが、白砂川へ下るあたりから狭くてデコボコの悪路となる。白砂大橋を渡って対岸の山腹を登り、かなり走って工事用林道の分岐に到着する。入口のゲートの前の僅かなスペースに車を置き、準備を整えて出発。
ゲートを通って工事用林道を歩くと、第三ダムへの道が左下に分岐する。青空が広がって良い天気となり、白砂川の深い谷を隔てて八間山あたりの稜線が高く見える。ここは右に進み、しばらく歩いた地点(カーブミラーあり)から白砂川へ、急斜面を標高差約160m下降する。笹藪の中に微かな踏み跡があり、トラロープも張られているが、途中で怪しくなってルートを失う。最初から難度高し。以前来たことのあるHさんの案内がなければ、とても下れなかっただろう。最後は、川にはここからしか降りれないというピンポイントで、白砂川の黒渋沢出合付近に降り着いた。
ここから遡行なので、渓流タビに履き替える。これは今回、沢登り用に上州屋で新調したものだ。渓流タビを履くのは初めてなので、足を痛めないか不安があるが、以前、沢登りでは地下タビ+ワラジを履いていたので、ま、大丈夫だろう。川の中をザブザブと歩いて行くうちに、すぐに慣れた(ただし、足の甲のベルトを締め過ぎて、一日の終わりには土踏まずの皮が剝けていた)。
最近、雨が降り続いたためか川の水量は多く、膝くらいまでの徒渉を繰り返す。特に水量の多いところはスクラムで渡る。やがて、両岸が岩壁となって狭まった銀淵という地点に着く。ここをへつりで通過すると谷が開けて、遠く上ノ間山辺り?の稜線が見える。青空が広がって開放的だ。少し緊張が解けて河原を歩く。再び両岸が狭まり、小滝を越える。青く澄み切った水が綺麗だ。
幅いっぱいに流れる廊下状の川を、流れの中を歩いたり、へつったりして遡上する。両岸が急斜面となり、樋状の小滝の左を登る。泡立って落ちる水の勢いが凄い。
やがて、猟師ノ沢出合に着く。本流は暴れるような水勢の竜ノ口滝で、右から合流している。出発から3時間が経過。徒渉で時間をくったが、ここまでの行程は順調だ。休憩して、ゆっくり昼食を摂る。
本流はここから白砂川唯一の難所の「猟師ノ悪場」で、ゴルジュとなって通過は困難なので、猟師ノ沢から尾根を乗り越す大高巻きルートをとる。猟師ノ沢に入るとすぐに5m滝があり、直登できない。少し戻って、右岸を大高巻きする。かなり追い上げられるが、滑り易いトラバースにはロープが張られていた。これを頼りに、無事に沢身に戻る。
さらに猟師ノ沢を遡ると左岸の岩壁に窪みがあり、中にブルーシートや食器が散乱していた。ここが猟師ノ岩洞らしい。このすぐ上流から左岸の斜面を急登する。踏み跡は不明瞭だが、やがてロープが現れ、これを伝って猟師ノ沢と本流を分ける小尾根の上に出た。
尾根に出たのは良いが、本流側の斜面は崖に近く、踏み跡は見当たらない。MさんとHさんが偵察してルートを検討した結果、ロープを出して斜面を真っすぐ下ることになった。立ち木を支点にして数ピッチ下ると傾斜が弱まり、最後はガレを下って本流に降り立った。ここも、ここしか川に降りれないというピンポイントのルートだった。猟師ノ沢出合からこの大高巻きの終了まで、予定の2倍の2時間が経過していた。念のため装備に入れていたロープが役に立った。沢登りでは何が起こるか判らない。
一大支流の猟師ノ沢を分けても、本流はまだまだ水量が多く、徒渉を繰り返す。途中、深みにはまって胸まで浸かってしまった。ザックの中身は防水バッグに入れているので濡れる心配はないが、胸にぶら下げていたデジカメが完全に水没。ウンともスンとも動かなくなってしまった。これは痛い(幸い、撮影した写真はSDメモリから読み出せた)。以降の写真は携帯で撮影したものです。
三俣沢出合を過ぎると三段ノ滝の初段5m滝があり、Mさん一家は身軽に登るが、私は身体が上がらん。ザックを引っ張り上げて貰って、空身で越える。大涸堀沢の出合で大休止する。40数年前のガイドブックには、この出合には岩石が堆積し、沢の奥に国境稜線が見えるという記述があり、楽しみにしていたのだが、すっかり様子が変わっていて、樹林に隠れて稜線は全く見えない。
既に時刻は15時半。そろそろ幕営地を探さねばならない。四万沢川出合を過ぎても適地がなく、時間に追われて上流へ突き進む。そろそろ、スルスの岩洞があるはずだが…。やがて崩壊した岩壁が現れ、右岸から流れ込む赤沢の出合を過ぎると、巨岩がゴロゴロと散積した険しい渓相となる。この先に幕営地はなさそう。
赤沢出合の下流まで引き返し、河原の僅かな平地にMさん一家と私のテント2つを張った。Hさんはタープだ。早速、枯れ木を集めて焚き火を起こし、缶ビールで乾杯する。落ち着けば、とても快適なテン場だ。その後、夕食と宴会が続き、気がついた時にはテントの中でシュラフに包まって寝ていた。Mさんも飲み過ぎて、テントの中でひと騒ぎあったそうだが、私は全く気がつかなかった(^^;)
翌朝、庚申山の時ほどではないが、二日酔い気味。沢登りで飲み過ぎてはイカンと反省。お湯を沸かしてスープを作り、朝食を摂って出発する。今日も天気は良い。少し登った左岸に、昨日は気がつかなかった岩屋が見つかった。これがスルスの岩洞らしい。中は2m四方程の広さしかなく、2,3人が横になれば満員だ。地形図に地名が載っている割には?な物であるが、実際に見ることはめったにないだろうから、発見できてとても嬉しい。
赤沢は出合に小滝をかけて、ちょっと見には険しそうな沢だが、中に入ると簡単に越えられる小さな滝があるだけの易しい小沢だ。出合から本流の上流を眺めると、岩塔がそそり立っているのが見える。
両岸がガレた赤沢を快調に登って行くと、二股に着く。冷たくて美味い水が飲めるのはこの辺りが最後なので、2リットルポリタンを満タンにする。上ノ間山に突き上げる左の沢に入ると、ほどなく水流がなくなったので、渓流タビを脱いでトレラン用シューズに履き替える。やがて、行く手に高く頂上稜線が見える。先はまだまだ長いなあ。
水のない小さな窪を、上から覆い被さる笹藪を搔き分けて登って行く。やがて笹が低くなって源頭の雰囲気になり、最後は急斜面を登って、上ノ間山北側の国境稜線に這い上がった。皆、しばらくぐったりと休憩。稜線にはガスが流れ、陽射しを遮って涼しいのが嬉しい。
国境稜線に踏み跡はなく、笹藪を漕いで上ノ間山に向かう。最後は樹林帯の藪に突っ込んで強引に突破し、上ノ間山の頂上に着いた。頂上は笹原の小広い平地となり、古い山名標と三角点がある。ガスがかかっていなければ展望が良さそうだが、今日は何も見えない。
古いガイドブックによると、かつては上ノ間山〜白砂山間の稜線に踏み跡があったようだが、現在では痕跡すらない。幸い、稜線上から南側斜面にかけて腰位の高さの笹原が続いているので、藪漕ぎではあるが、歩くのに困難は少ない。
一旦、鞍部に下って、急坂を登り返す。笹を踏むと滑るので、笹を摑んで腕力で登る。笹藪漕ぎはこれがきつい。小ピークに登り着いたところで一息入れて振り返ると、上ノ間山がきれいな三角形の山容を見せていた。北には清津川の深い谷を隔てて、苗場山の平たい頂上が遠く眺められる。どちらを見ても山また山、谷また谷だ。
2078m峰(猟師ノ尾根ノ頭)の東の平坦なピークで、腰を下ろして一休み。このあたりは尾根が広いので、ガスに巻かれると迷いそう。笹に覆われた稜線をユルユルと登ると、行く手のピークに見覚えのある壊れた案内板があるのが見えた。やったー、あれが白砂山だ。最後の笹藪を搔き分けて、ハイカーさんが休憩中の頂上に飛び出した。やれやれ、お疲れ様ー。メンバー一同、体力は限界に近く、余裕のない状態だった。藪漕ぎ中、ガスで涼しかったのは運が良かった。陽射しがあったら、途中で水が尽きたかも知れない。
白砂山頂上で大休止したのち、登山道を下山する。途中の水場などでの休憩を挟み、約4時間かかって車を置いた野反湖畔に帰着した。私の車に全員乗り込んで万沢林道入口まで行き、そこから先は悪路なのでドライバー2人で行って、Hさんの車を回収する。その後、道の駅「六合」の♨に立ち寄って汗をさっぱり流し、帰途についた。
参考URL:やまの町桐生に、Mさんによる白砂川の記事があります。