清津峡
今回の山行を計画した発端は、2年前に清津峡を観光トンネルで探勝したときに遡る。そのときの旅行記には次のように書いた。
清津峡沿いの歩道は、かつて落石事故があったために閉鎖され、代わりにトンネルで探訪できる(500円)。トンネルの途中の4カ所から、渓谷の壮大な柱状節理の岩壁を見ることができる。
渓谷沿いの遊歩道は閉鎖されているが、それとは別に清津峡温泉から上流の八木沢までは「上信越高原国立公園清津峡線歩道」が整備されている。登山口を見つけたので偵察。案内看板によると、距離13km、所要時間約9時間、急勾配で一部危険な箇所もあるとのこと。これは面白そうだ。
このときに初めて、清津峡温泉から八木沢に通じる「歩道」の存在を知り、いつか踏破したいと思った。しかし、この案内看板の簡略な地図と説明では、歩道がどこをどう通っているかは判らない。ネットで検索しても、ルート図や実際に歩いた山行記録は全く見あたらない。
最近になって、国土地理院のウォッちずの地形図に、清津峡温泉から清津峡の左岸の尾根を登り、清津峡の中間の足尾沢川出合に向かって標高差500mを急降下する破線が記載されていることに気がついた。これで歩道の正確な位置は判った。歩道の状況は不明のままで不安はあるが、とにかく破線を辿ってみようと出かけて来ました。
(なお、清津峡入口の温泉街は、地形図には清津峡小出温泉と記載されていますが、ここでは簡単のため清津峡温泉と呼んでいます。)
桐生を深夜に車で発ち、関越道赤城IC〜湯沢IC、R353十二峠を経由して、夜明け前に清津峡温泉に到着。温泉街入口の広い無料駐車場に車を置き、WCを済ませて出発する。温泉街の裏通りを行くとすぐに登山口で、見覚えのある案内看板の他に小さな立て札があって、何やら書いてある。なになに「残雪と落石のため八木沢には通り抜けできません」だって、ガーン。しかし、いくら豪雪地帯とは言え、7月中旬にもなって標高の低いこのルートに雪はないだろう。もしだめな場合は引き返す覚悟も決めて、進むことにする。
まだ薄暗い山腹の林間をジグザグに登る。道は細いが明瞭だ。やがて尾根を登るようになり、清津峡の対岸の稜線から靄でぼやけた太陽が昇る。今日は暑くなりそうだ。森林に覆われて展望はないが、一カ所、左側に清津峡の深いV字谷が見おろせる場所がある。一方、右側の樹林越しに見える谷(大松沢)は大きな崩落があり、治山工事中のようだ。
十二大明神の石碑のある辺りからブナ林となり、クモの巣を払いつつゆるゆると登って行く。やがて灌木に覆われた頂上稜線に登り着いて、緩やかな登降となる。しばらく行くと「清津峡歩道 / 足もと注意 / 環境庁 新潟県」と書かれた立派な木製の道標があり、さらに2、3分進むと同じ作り方で「温泉のぞき」という道標があった。その名のとおり、清津峡の温泉街を眼下に見ることができる。
緩く小さなアップダウンのある尾根道が続く。道は深い灌木の藪をきれいに切り開いて付けられている。しかし、路面は苔むしていて、歩かれている雰囲気があまりない。やがて、稜線の左斜面(清津峡側)をトラバースする道となる。根曲がりの樹林が冬の雪の重みを物語る。道型ははっきりしているが、傾いた路面が滑りやすい。
トラバース道から再び尾根道になり、ブナ林の中を登って行くと「満寿山」の道標のあるピークに着いた。樹林に囲まれて、頂上という感じがあまりしない場所だが、道標の裏手からは清津峡の展望が素晴らしい。足尾沢川出合付近の清津峡は深いV字谷となり、その底に切れ切れに水流が見える。満寿山から日向の肩への稜線の直下は、清津川に向かって切れ落ちたスラブとなっている。ただ、今日は湿度が高く靄がかかっているので、ここに来るのは空気が澄んだ紅葉の時期がベストかも。
満寿山からジグザグに下ると、再び緩い尾根道となり、「水場」という道標が倒れているのを見る。この辺りは、尾根のすぐ右下を沢が平行して流れる面白い地形となっている。水場の道標から約8分で沢のそばを通る個所がある。ここには「黒岩のぞき・水場」という道標がある。沢の水量は多いが、泥混じりであまり飲む気はしない。
沢を離れて尾根を緩く登り詰めると、開けた小平地となった日向の肩の頂上に着いた。ここにも案内看板があるが、積雪によってか、完全に倒壊している。立て札があり「日向の肩〜足尾沢間は急斜面(落差500m)及び落石の危険があります。通行の際には十分にご注意の上、通行して下さい」と書いてある。ということは通行可能らしい、と楽観的に考える。このピークからは樹林に遮られて清津峡は見えない。上流の遥か遠くに見える山並は谷川連峰だろうか。
清津峡温泉から日向の肩までは特に危険な個所はなく、お勧めのハイキングコースである。しかし、日向の肩から足尾沢橋までの下りは「十分にご注意」どころのレベルでなく、凄かった。頂上直下から滑りやすい急な土の道を、ロープを頼りに下って行く。このロープが年代物の麻縄?で、なんと苔が付いている(^^;)。こんなロープに体重を預けても良いのだろうか。もし切れたら止まる術はなく、断崖絶壁からダイブである。引き返そうかとも考えたが、とにかく慎重に、ロープに余計な負荷をかけないように下る。途中、アルミ梯子が架けられた個所もあるが、こちらは土砂に埋もれて用をなさない状態だった。
急な下りも「熊の道」という道標(これも倒れている)のある小さなコブで一服となる。緊張の連続で汗をぐっしょりかいて足はガクガク。しかし、まだまだ下りは続く。周囲を眺めると身の置き場に戸惑うような急斜面だ。本当に谷底まで降りることが出来るのだろうか?
やがて樹林帯に入ると山腹をジグザグに下るようになって、傾斜も緩み、咲いているガクアジサイを眺める余裕も出て来る。急な場所には梯子がかかっている。数カ所、崩壊した個所があるが、通過可能。例のごとく倒壊した案内看板を過ぎ、ようやく足尾沢橋に降り着いた。
足尾沢橋は、支流の足尾沢川が本流と出合う場所に架かる鉄橋だ。鉄製の手摺は冬期は取り外せるようになっている。足尾沢川も本流も、断崖絶壁に囲まれてドウドウと流れている。ひんやりとした空気が漂い、必死の下りでかいた汗がスーッと引いて気持ちよい。峡底から見上げると、スラブを抱いた満寿山が聳えている。あそこからここまでよく歩いたものだ。
足尾沢橋を渡ると渓谷に沿った歩道となる。急斜面をトラバースする道は細く、沢を渡るところにはヤマアジサイやシモツケソウが咲いているが、土砂が押し出している個所もあり、注意して歩く。ところどころ樹林の切れたところから渓流を見おろしたり、振り返って満寿山を眺めることが出来るが、大体は樹林の中の見通しの利かない道だ。
小尾根の突端に着くと「鼻」「中間点」という道標がある。ここでようやく行程の半分だ。腰を下ろし、地図を取り出して現在位置を確認する。この先は渓谷も少し穏やかになって、一番の難所は越えたようだ。
渓谷のトラバース道をさらに辿る。眼下に垣間見える清津川はゴルジュの中を流れていて、美しい渓谷が続いている。ガレ沢に突き当たったところで一休み。休憩の間隔が短くなって来たが、時間の余裕はたっぷりあるのでのんびり行こう。赤ペンキに導かれて少し沢を登ったところから、再びトラバース道に入る。
ガレ沢から20分程進むと、道の脇に「高石沢」という古い道標があり、そのすぐ先で水量の多い高石沢に突き当たる。小滝をかけた涼しげな沢だ。比較的新しい赤テープに導かれて、沢に沿って上流に向かうと、沢にロープが張り渡されていて、飛び石伝いに流れを渡ることができた。この辺りは、道の整備がされているようだ。しかし、降雨時はここが渡れなくなる可能性が高い。
高石沢を渡ると、登山道は少し高度を上げて、再び険しくなった渓谷の断崖絶壁をトラバースする。水流からかなり高い所を通るので、下を見るとクラクラする。足元だけを見て慎重に歩き、道の脇に花が咲いていても、ここは横目で通過。やがて、前方の渓谷の下の方に、鹿飛橋の鉄橋が小さく見えた。ジグザグに下って、橋の袂に降り立った。
鹿飛橋も足尾沢橋と全く同じ構造の鉄橋だ。橋の上から見下ろす清津川は、深く穿たれた岩壁の間を流れていて、迫力ある眺めだ。この先はトレッキングコースとして整備された安全な道なので、缶ビールを解禁。ラーメンを作って昼食とする。食べ終わった頃、上流からご夫婦のハイカーさんがやって来た。今日初めて会うハイカーさんだ。
鹿飛橋からは気楽なトレッキングだ。途中、崩壊した個所があるが、立派な(大高巻き)迂回ルートがある。そして、少しでも滑落の危険がある個所には、真新しいトラロープが張られている。左に栄太郎峠への道を分け、ブナ林が広がる道を辿る。
見返り岩、猿飛岩という所では、川べりに出て、清津川のゆったりとした流れと周囲の緑深い山々を眺めることが出来る。もうすっかり初夏の風景だ。時刻も正午の頃で、日向では太陽がギラギラと照りつけて暑い。さすがに疲れて、へろへろと歩く。そんなとき、道の脇に湧き出す「大峰の原水」に到着。この水は冷たくてうまかった!コップに何杯も飲んで生き返る。
ブナの大木の林を抜けると杉林が現れ、道幅も広くなって人里が近いことを感じる。グラウンドの端に到着し、右に街道の湯への道を分ける。そちらには登山者用の駐車場もあるようだ。左の八木沢のバス停への道を進むと、畑の横を通って八木沢の集落の真ん中に出る。道標に従って左に行くとR17に出て、八木沢口バス停に着いた。タイミング悪く、越後湯沢駅行きのバスが走り去るのを目撃してしまった。次のバスは1時間後だ。しかし、たまにはのんびり待つのも悪くない。バス停のベンチで昼寝をしていたら、1時間はあっと言う間だった。
湯沢駅前で30分程待ち合わせて森宮野原行きのバスに乗り換え、清津峡入口バス停で下車。徒歩約20分で清津峡温泉の駐車場に戻った。早速、温泉街にある「湯処よーへり」の♨に入る(300円、備え付けのシャンプー・石鹼はない)。渓谷に面した小広い浴槽で、かけ流し100%。充実した山行をいい湯で締めくくって最高の気分やね。汗をさっぱり流して、帰途についた。