毘沙門山
天気予報によると、この週末は冬型の気圧配置で寒気が強まり、日本海側や関東北部では雪、一方、関東南部は晴れそうである。それなら、まだあまり登っていない埼玉百山に登ろうかなと考えて、埼玉百山№49の毘沙門山(びしゃもんさん)を思いつく。
毘沙門山は白石山(はくせきさん)とも呼ばれ、地形図には白石山と表記されている。頂上部は石灰岩の切り立った岩稜となり、南面ではかつて石灰岩の採掘が行われていた。以前から興味を持ってはいたが、道のない険しい山なので、これまで手が出せずにいた。
今回、改めてネットで調べてみると、結構、山行記録が多い。どうも、毘沙門山が分県登山ガイド『埼玉県の山』の新版(2016年刊行)に掲載されたことが所以らしい。私が持っている旧版(2005年刊行)には掲載されておらず、情報と認識がアップデートされていなかった。新版の分県登山ガイド(以下、ガイド)やネットの情報を総合すると、何とか行けそうである。という訳で、出かけてきました。
桐生を早朝、車で出発。寄居からR140バイパスを走って秩父蒔田ICで降り、荒川支流吉田川の上流へ。合角(かっかく)ダムを過ぎ、谷間の狭隘な道路を走って、登山口の新要トンネルに到着。新旧の要(かなめ)トンネルが並行して通じる。旧トンネル前の旧道の路側に車を置く。旧トンネルは吉田川をゴルジュ状に扼する岩壁を掘り抜いたもので、短いが手掘り感があり、旧トンネルができるまでは行き来に難儀したであろうことが窺える。
寒いので手袋をはめて出発。登山靴のソールが約2年間の使用で擦り減って、つんつるてんになったので、今回、靴を新調した。といっても、先代と同じ製品(AKU ALBA TREK WIDE GTX)なので、履き心地には全く違和感がない。
吉田川を渡り、支流の長合(ながお)沢沿いの林道に入る。出合に建つ白亜の大きな建物は、ガイドには倉尾中体育館と記されているが、現在は民間の醸造所として使われているようだ。休日のためもあるが、人が居る気配がしない。寒々とした雰囲気に加えて、日差しの届かない深い谷底は冷え込みが厳しく、本格的な冬の到来が近いことを感じさせる。
渓流は出水で深く抉れて荒れ気味だが、林道の状態は良好で、轍で踏み固められており、車両進入可。まあ、歩いても林道終点まで10分程だから、車で乗り入れるメリットは少ない。林道終点は小広く、駐車可能。終点の先に長合沢に架かる木橋があるが、ボロボロに朽ちて崩壊寸前。少し手前に渓流に降りる踏み跡があり、そこから対岸に渡れる。
川幅は2m弱、水も浅い。飛び石伝いで楽勝と油断していたのか、それとも寝惚けていたのか、新品のソールが硬いせいか、はたまた加齢によるバランス能力の低下のせいか、濡れた石で滑って転倒。怪我はないが、右袖とズボンの右足が水に浸かり、がっつり濡れる。風はないので、寒さで一大事とはならず、そのうち自然に乾燥するだろう。しかし、今日のこの先の行程には難所もあるのに、この為体(ていたらく)。大丈夫なんだろうか😅
気を取り直して先に進む。右岸の山道を辿ると、すぐに送電線巡視路の黄色標柱があり、その矢印に従って、右へ分かれる山道に入る。うっかりすると直進しそうなところだが、この分岐についてはネット情報で予習していたので、迷わず右折。対岸の山腹に取り付き、送電線巡視路を辿る。
巡視路はよく踏まれていて、登山者が多いことが窺える。黄色標柱に導かれて、杉と下生えのシダに覆われた急斜面を丁寧にジグザグを切って登る。15分程で尾根を絡む平坦な道となり、右に作業道を分ける。この作業道の入口には、下りの際に迷い込まないよう、木の棒切れが道を塞ぐように積まれている。復路は直進しないよう、注意が必要だ。
ここからは小ピークも丹念に巻いて、ほぼ平坦な尾根道が続く。尾根上に出るところでは北風が吹き抜けて寒い。時々、左手に木の間を透かして毘沙門山の稜線を高く仰ぐ他は、植林に覆われて展望なし。程なく新榛名線154号の送電鉄塔の脇を通過する。この先も黄色標柱に導かれて巡視路が続く。一部、倒木が道を塞ぐ箇所があるが歩き易い道が続き、ちょっと退屈にさえ思えてくる。
やがて、尾根から外れて下る巡視路を右に分ける。毘沙門山へは尾根を直進するが、なおも良い山道が続く。すぐに、左斜面の植林中に崩壊した作業小屋を見る。しばらく明瞭な道型が続き、傾斜が増してくると植林中の踏み跡の登りとなる。左手の毘沙門山に段々近づいて、岩壁を巡らせた頂上部の様子が見えてくる。
836m標高点を越えると尾根道は左へ進路を変えて、毘沙門山の頂上稜線の一角の長合沢ノ頭へ一直線に向かう。行く手の長合沢ノ頭は、距離は詰まっているのに、見上げるように高い。ガイドやネット情報によると、長合沢ノ頭への登りはかなり急らしい。
一旦、小鞍部に下ったのち、いよいよ急登が始まる。木立が疎らで、のっぺりとした急斜面を木の根を摑みながら這い上がって行く。固定ロープの類は全くない。幸い、新しい登山靴の底はエッジが効いて頼りになる(このために新調したと言っても過言ではない)。しかし、標高差は約180mもあり、なかなか終わりが見えない。滑落したらどこまで落ちるか、只では済まない激坂。登りは良いとしても、帰りはここ、下れるんだろうか😱。念の為、8mmロープは携行しているから、なんとかなるか。
途中、傾斜が緩んで一息入れたのちも、まだまだ急登は続く。小さな岩場を越えるが、手掛かりがある分、却って安心できる。僅かに傾斜が緩んで歩き易くなると、ようやく、長合沢ノ頭の頂上に登り着く。「長合沢ノ頭980m」の山名標識もあり、(下りはどうなるか不安だらけだが)激坂を登り切れて一安心する。この急登のやばさは、私がこれまで経験した中でもトップレベルだった。特に標高差が半端ない。
ここからは冬枯れの雑木林で明るい稜線歩きとなる。木立を透かして、毘沙門山の頂上岩峰が眺められる。長合沢ノ頭からの下りには、落ち葉が積もって滑り易い斜面の通過もあるが、その先は幅広くなだらかな尾根歩きとなる。
平坦な尾根の一角に、突如、擂り鉢状の(ガイドの表現では、蟻地獄のような)大穴が開いている。こういう穴は永野三峰山でも見たことがある。カルスト地形のドリーネかも知れないが、鉱山の坑道の陥没による可能性もあるから、近寄らないのが吉だろう。
いよいよ、毘沙門山の頂上に近づく。溶食された石灰岩の岩場に登ると、眼前に頂上岩峰が鋭く聳え立つ。一見、物凄く高く見えるが、標高差はあと2〜30mといったところだ。
頂上へは左から回り込んで、石灰岩の破片のザレた踏み跡を急登する。左側は切れ落ちて高度感があり、滑落注意。最後は手足総動員で登って、三角点標石のある頂上に着く。
頂上は360度の展望が開け、絶景だ。東西に平坦な頂上稜線が延びる。頂上はそこそこ小広く、のんびり休憩できる雰囲気がある。ザックを置き、カメラだけを持って、頂上稜線を東に少し辿ってみる。両側は絶壁だから滑落厳禁だが、見えないから怖くはない。
すぐに、小鞍部を隔てて東峰が良く見える地点に着く。鞍部までは傾斜が緩くて行けそうが、そこから東峰へは岩壁の縁を登るようだ。まあ、東峰に行くのは無理せずに止めておく。東峰の先にも岩稜が続き、鉱山跡の岩壁もちらりと見える。彼方には秩父盆地が広がり、ツンと尖って大きな武甲山が目立つ。
目を左(北)に転ずると、幾重にも重なる山並みの奥になだらかな稜線を左右に広げた城峯山や、父不見山あたりの上武国境稜線、ちょっとだけ頂を覗かせた御荷鉾山が眺められる。北の山々には灰色の雪雲が押し寄せ、こちらまで風に乗って雪が舞って来る。
引き返して頂上に戻り、次は西へ稜線を辿ってみる。越えてきた長合沢ノ頭の向こうには、小さいながらも二本指を立てたようなピークが異彩を放つ二子山が眺められる。そして南には台形でギザギザの稜線を連ねる両神山が大きい。両神山にも断続的に雪雲がかかっては、流れて消えて行く。上武国境辺りが雪雲のエリアの前線になっているようだ。
南は対照的に日が差して暖かそう。遙か下に麓の集落や、R299が走る赤平川の谷間を俯瞰する。赤平川の右岸には高突山〜戸蓋山の小さな山稜が横たわる。この2座はガイドに掲載されていて知った。
頂上は寒いし、帰りの激坂の下りも気になって落ち着けないので、展望を楽しんで一通り写真を撮ったら、サクッと下山しようかとも思ったが、やはり、折角なので昼食休憩にして、もう少し頂上でのんびりしよう。ULDジャケットを着込み、風を避けて岩陰に腰を下ろせば、まあまあ寛げる。しかし、ガスコンロのガスが残り少ない上に気温が低くて、十分にお湯が沸かせない。これからの季節はガソリンコンロでないとだめだな。ちょっと生煮えのカップ麺を腹に入れたのち、往路を戻って下山にかかる。
頂上直下の急坂を慎重に下り、なだらかな尾根を辿って長合沢ノ頭に戻る。ここから問題の激坂の下りだ。最初は緩く、岩場の下降も問題ない。この先が一直線の急降下となるが、上から見ると木の根が階段状に見え、立木も支点となって、案ずるより産むが易し。ただし、下部は傾斜がmaxで、立木の間隔も長く、ずり落ちそうになる。ここはロープを出した方が良かった。なんとか鞍部に下り着いてホッとする。
836標高点を越えれば、あとはなだらかな尾根道の下り。往路ではちょっと退屈に感じた道も、危険地帯を脱したあとは有り難く、のんびり歩ける極上のプロムナードだ。風も弱まり、朝方の寒さはもうない。僅かに残った紅葉や黄葉が午後の日差しに照り映えて綺麗だ。写真を撮りながらゆっくり下る。
作業道分岐を見逃さないように注意して右折。杉林の急斜面をジグザグに下る。下生えのシダの緑も日が差して鮮やかだ。長合沢に下り着き、今度は転けないように沢を渡って林道終点に出る。そこからほんの10分程の林道歩きで駐車地点に戻った。所要時間が5時間と短い行程にしてはタフさがあり、また、ハイカーさんに全く会わない静かな山歩きが楽しめた。頂上岩稜の景観と、そこからの大展望は特筆ものと思う。
帰りは途中の馬上(もうえ)地区にある毘沙門水に立ち寄る。毘沙門山から湧き出し、カルシウムやミネラルを多く含む水で、環境庁選定の「平成の名水百選」に選ばれているとのこと。溶食された石灰岩を多数見てきたあとなので、納得せざるを得ない😅。試しに一杯、飲んでみたら、確かにまろやかな味わいがある(気がする)。この水でコーヒーを淹れて飲んでみようかな。維持管理費100円を募金箱に入れて、プラティパス2ℓに水を汲んでいたら、隣りで大量のペットボトルに水を汲んでいた方から、容器を分けて頂いた(計6ℓを持ち帰り、只今、その水で淹れた☕️を飲みつつ、山行記録を作成中)。
それから、合角ダムの麓にある吉田元気村に日帰り入浴で立ち寄る(500円)。温泉のあるクラブハウスの屋内は木材を豊富に用いて綺麗。浴室はそう広くないが、シーズンオフとあって客も少なく、ゆったりしている。今日は寒かったから、湯船に浸かって身体が温まると極楽、極楽。冬の山歩きは、この楽しみが大きい。入浴後、土坂峠、R462を経由して藤岡ICから高速に乗り、桐生に帰った。