比叡山

天気:
メンバー:T
行程:比叡山坂本駅 9:45 …坂本駅 9:50 …日吉大社入口 10:00 …根本中堂 11:15〜11:45 …阿弥陀堂 11:55 …大比叡(848m) 12:15 …ケーブル比叡駅 12:45〜13:00 …水飲対陣之跡碑 13:25〜13:30 …雲母坂登り口 13:50 …修学院駅 14:10
ルート地図 GPSのログを地理院地図に重ねて表示します。

所用で関西に行くことになり、そのついでに比叡山に登ることにした。比叡山は、言わずと知れた比叡山延暦寺のある山で、その全域が延暦寺の境内となる。また、日本三百名山の一座にも数えられている。最高点は標高848mの大比叡で、ピークハントの場合はここがターゲットになる。山上までケーブルカーやドライブウェイが通じ、ほんの少し歩くだけで頂上に立てる山であるが、それでは山歩きとして物足りない。調べてみると、延暦寺の門前町として栄えた坂本から本坂を登るルートと、京都の修学院から雲母(きらら)坂を登るルートが、最もクラシカルでポピュラーな登山ルートのようである。そこで、この二つを繫いだ坂本〜比叡山〜修学院というルートで登ってきました。

前夜は米原駅前の東横インに宿泊。当日の朝、JRでまず京都駅に行き、コインロッカーに不要な荷物を預けたのち、トレラン用シューズに布製ザックという、出先の山歩きで恒例の軽装で、JR湖西線近江今津行9:18発の新快速に乗り込む。列車は長いトンネルを抜け、高架線を高速で突っ走って、わずか14分で比叡山坂本駅に到着。ここで下車する。

改札を出たところのパン屋さんで昼食を仕入れたのち、高架をくぐって比叡山に向かう。片側二車線の広い道路は、すぐに路地に変わる。今日の天気は曇りでいまいち。テンションもいまいち上がらない。薄雲が広がる空を背景に比叡山が眺められる。標高差は約750mあるが、そう高くは見えない。楽に登れそうに感じられる。

坂本の街並みから比叡山を仰ぐ
日吉大社の二つ目の石鳥居

京阪坂本駅を過ぎ、日吉大社の二つ目の石鳥居をくぐって、坂道を緩く登って行く。両側には石垣を連ねて古い民家や神社仏閣が立ち並ぶ。この石垣は穴太(あのう)衆積みと呼ばれる伝統的な技術で作られたもの。また、寺は全て比叡山の僧侶が隠居して住まう里坊とのこと。町中に歴史的な建造物が残っている。

坂道が山の端に突き当たって左に曲がる(至ケーブル坂本駅)所で、右に日吉大社への参道が分かれ、入口に赤鳥居が建つ。日吉大社は古事記にも記された日本最古の神社の一つで、全国の日吉・日枝・山王神社の総本宮とのこと。となれば、これはお参りすべき神社だが、今日は先を急ぐ。坂本は他にも寺院、庭園、門前町などの見所が多い観光地なので、いずれ再訪して、日吉大社にも参拝したい。

穴太衆積みの石垣
日吉大社入口

常夜灯が建つ登り口より本坂に取り付いて、立派な石段を登る。左手は比叡山高校の敷地で、体育館からバレーボールをしているらしいJKの歓声が聞こえてくる。車道に出て、しばらく道なりに進むと、あちこちが雨裂で大きく抉れた幅広い登山道となる。登り坂に差し掛かり、体が温まってきたので、長袖シャツを脱いでTシャツ1枚で登る。

子育て地蔵(六角地蔵堂)
本坂登り口
幅広い登山道を辿る
坂本の街並みを俯瞰

途中「←花摘堂跡」の道標があり、それに従って左の踏み跡に入ってみる。尾根に上がると「花摘堂跡」の石碑がある。明治初期まで比叡山は女人禁制であったが、釈尊降誕会(花まつり)の4月8日に限って、女性もこの地まで登って来ることができ、花を摘んで供えたとのこと。なるほど、そういう由来でしたか。

右に尾根を辿り、登山道に戻って緩く登る。杉林に囲まれた道は変化や展望に乏しくて、いささか単調。右手に石段があり、登ってみると「檀那先徳御廟」の石柱と玉垣の中に石仏を彫った墓塔がある。後日調べると、これは天台宗の一学派檀那流の開祖覚運の墓とのこと。因みに、檀那(旦那とも書く)とは本来、仏教用語で、布施を意味する梵語「ダーナ」を語源とするそうな。

花摘堂跡
檀那先徳御廟

緩くトラバース気味に登ると、再び右手に石段があり、その上には石仏を祀るお堂(聖尊院堂)と、耳のある亀を台座にした銅碑が建つ。銅碑には「薬樹院之碑」の題字があり、漢文がびっしり刻まれている。「天和元辛酉(1681)稔十二月上旬」との銘があるから、なかなか古い物である。この碑に因んで、お堂は亀堂とも呼ばれている。

登山道脇の紅葉
薬樹院之碑

亀堂の先で登山道から車道に出、現代的なホテルの延暦寺会館を過ぎると、内外の観光客で賑わう延暦寺東塔(とうどう)地域の中心の広場に着く。山上はさすがに寒いので、長袖シャツを着る。

折角だから、周辺のお堂にお参りしよう。巡拝受付で諸堂巡礼券(700円)を買い、根本中堂に参拝する。入口で靴を脱ぎ、回廊を通って堂内に入る。中は真っ暗だが、内陣の祭壇では祈願護摩の修法が行われていて、護摩壇の大きな炎と舞い上がる火の粉が辺りをゆらゆらと照らす。開祖最澄の時代から1200年間も灯し続けているという「不滅の法灯」も、橙色のぼんやりとした光を放っている。板張りの外陣から内陣は一段低くて土間となっており、珍しい造りになっている。

延暦寺東塔地域の中心
一隅会館前の広場
根本中堂

根本中堂を出て、向かいの急な石段を上がると、文殊楼がある。中に入って二階に上がることができるが、階段がこれまた梯子に思えるほど急である。二階に文殊菩薩を祀る。

文殊楼
大講堂

広場に戻って坂を上っていくと大講堂があり、さらに上って阿弥陀堂と東塔に着く。境内から杉林に覆われた大比叡を仰ぐことができる。阿弥陀堂と東塔の間を抜け、東堂の裏手に回って大比叡への登山道に入る。参拝客はこんなところまで入り込まないが、数組のハイカーさんとすれ違う。意外と整った登山道が続き、山腹をジグザグに切って登る。

阿弥陀堂・東塔より大比叡
大比叡への登山道
途中の紅葉
ジグザグに登る

巨大な無線中継所の脇を抜け、車道を横断すると杉林に囲まれた頂上広場に着く。テレビ中継基地と謎の構造物(水槽?)があり、杉林に囲まれて展望は皆無。殺風景なこと夥しい。広場の奥の小塚の上に一等三角点標石と「大比叡」の山名標がある。正午を回ってそろそろ昼時。しかし、ここは薄暗くて休憩には向いてない。もう少し先に進もう。

電波塔が立ち並ぶ頂上広場
大比叡頂上

頂上から車道を降りると、比叡山ドライブウェイの四明嶽駐車場に出る。今日は平日のためか、広大な駐車場に車はほとんどない。振り返ると、大比叡がちょこんと盛り上がりを見せている。京都駅からここ(比叡頂上)まで路線バスがあり、それを使えば比叡山登頂は徒歩10分である。駐車場からの展望は良いが、曇り空の下、寒風が吹き抜けて寒い。

四明嶽駐車場から大比叡を見る
四明嶽駐車場から琵琶湖を俯瞰

四明岳頂上は入場有料の庭園の中なのでスルー。右側の車道を辿り、Y字路を左に行くと、叡山ロープウェイの比叡山頂駅に着く。駅舎はかなり年季が入った感じ(後日調べると1956年開業)。ベンチがあるが、ハイカーさんが利用中。昼食はさらに先かな。

叡山ロープウェイ比叡山頂駅
未舗装の車道を下る

少し戻って、Y字路を右へ。スキー場跡に沿って下り、T字路を左へ。未舗装道を辿ると、ケーブル比叡駅に着く。ここの駅舎も年季が入っている(1925年開業)。ベンチがあり、京都市街の眺めも良いので、ここで昼食としよう。今朝、買ったパンを食べていると、駅員さんが「発車しますよ〜」と親切にも声をかけてくれたが、ケーブルには乗らないので「大丈夫で〜す」と返す。

ケーブル比叡駅より京都岩倉を俯瞰
京都一周トレイルを下る

下山は、「京都一周トレイル(旧ルート)」の道標に従って、手摺付きのコンクリ階段を下る。すぐに山腹を左にトラバースする山道となる。杉林に入り、新ルートを左から合わせる。要所に京都一周トレイルの道標があり、「水飲対陣碑 北白川」方面に進む。自然林の中の良く踏まれた山道となり、展望はないが雰囲気はなかなか良い。

お地蔵さんと「浄刹結界跡」の石柱のある地点を過ぎると、「水飲対陣之跡」の石碑に着く。おじさん3人組が休憩中。これから登るそうだ。関西の方らしく、飴玉を貰った(^^)。石碑は高さ約2mの立派なもので、「延元元年ノ乱中将忠顕卿官軍ノ将トシテ四明嶽ヲ防ギ給フ(中略)衆寡敵セズ卿水飲ノ地ニ戦死シ給フヨシ太平記ニ見ユ 大正十年夏」と刻まれている。

樹林中のトレイル
「水飲対陣之跡」石碑

ここで京都一周トレイルと別れて直進。雲母坂を下る。脆い花崗岩がV字に深く抉れた道で、こんなに深い抉れ方はちょっと見たことがないかも。右側は修学院離宮の敷地で、フェンス沿いに下る。最後は急坂となり、車道に下り着く。

花崗岩がV字に抉れた道
雲母坂登り口

車道を下り、砂防ダムの下で音羽川に架かる雲母橋を渡る。あとは流路工三面張りの音羽川に沿って下ると市街に入る。振り返れば、比叡山が金字型の山容ですっくと聳えている。比叡山は、京都から見たときの方が格好良く見えると思う。

音羽川沿いに下る
修学院付近から仰ぐ比叡山

修学院駅から叡山電車に乗車。外国からの観光客も多くて、車内は満員。出町柳駅で京阪電車に乗り継ぎ、東福寺駅(普通と準急しか停まらないので注意)でJR奈良線に乗り換えて、京都駅に戻った。