茶臼岳〜聖岳〜赤石岳〜荒川岳〜三伏峠
先輩のY氏より、お盆休みに南アルプスを光岳から北岳まで縦走しませんか、とのお誘いを頂いた。南アの主要な山は光岳と鋸岳を除いて大体登ったことがあるが、縦走路には未踏の区間があり、そこを歩くのは面白そう。また、3000m級の高峰は再訪に値する魅力がある。という訳で、同行させて頂くことになった。
山行計画は畑薙湖から入山し、茶臼岳〜北岳を7泊8日で縦走して、広河原に下山するというものである。光岳は日数の都合で割愛。こんなに長期に渡る山行の経験は、大昔(1983年)に石狩岳〜トムラウシ山〜大雪山を7泊8日で縦走したことがあるだけである。大丈夫かなあ。Y氏も経験ないとのことなので、今回は全行程山小屋泊まりとし、食事は三食とも小屋の飯と弁当を可能な限り利用して、軽量化・省力化を図る。
実際には、計画通りに歩けたのは5日目の三伏峠までで、天候悪化のため6日目に鳥倉登山口にエスケープして帰宅しましたが、三伏峠までは好天に恵まれ、大展望と高山の花を楽しみながら南アの主稜線を漫歩して来ました。
登山口の畑薙湖へのアプローチは、東京発の夏山登山向け予約制夜行バス「毎日あるぺん号」を利用する。金曜日の夕方に仕事を終えたのち、新桐生19:10発の電車でバス出発地の毎日新聞本社(東西線竹橋駅)に向かい、Y氏と合流。毎日あるぺん号は、南アの他、北ア、中アの主要な登山口行きのものがあり、出発時刻が近づくと大きなザックを背負った大勢の登山者が受付付近に集結してごったがえす。畑薙湖行きのバスは22:40に出発。指定された最後尾の座席は幸運にも前の座席との間隔が広めで、足が伸ばせて良く眠れた。
バスは途中、高速のPAで休憩をはさむ。ふと目を覚ますと畑薙第一ダムを過ぎて、我々の下車地の沼平のゲート前に到着していた。慌てて下車する。ここで降りたのは5パーティ程で、残りの乗客は畑薙第一ダムまで戻って、東海フォレストの二軒小屋行き送迎バスに乗り継ぐようだ。
時刻は5時を過ぎて既に明るい。良く晴れて、畑薙湖の湖面を隔てて、青空の中に南ア主稜線が高々と連なる。今日はあの稜線の直下の茶臼小屋まで登るので、見るからに大変そうな行程である。
ゲートの脇を通ってしばらく林道を歩くと、畑薙大吊橋の袂に着く。この吊橋は長さが181.7mもある。だいぶ土砂で埋まった湖の上を渡って行く。踏み板が斜めに傾きつつ横揺れするので、気が抜けない。
吊橋を渡り切って対岸の山腹を急登し、急な斜面を右にトラバースすると、小尾根を乗り越す個所のヤレヤレ峠に着く。ここまでで既になかなかの登り。ベンチに腰掛けて休憩し、Y氏が用意したパンとコーヒーで朝食とする。
ヤレヤレ峠から少し下り、上河内沢に降りる。吊橋を3回渡り、左岸沿いに登ると無人のウソッコ沢小屋に着く。小屋の前は樹林が切り開かれて明るく、小屋の中は居心地良さそう。登山者が数組休憩中で、我々も一本立てる。
ウソッコ沢小屋を発ち、ゴルジュとなった上河内沢の激流を吊橋で渡り、急な尾根に取り付いて鉄階段を上がる。尾根上を急登すると、「中の段」の標識とベンチがある。ウソッコ沢小屋からここまで約1時間。登りはまだまだ序の口で、さすがに南アは山が大きい。
一休みののち、さらに登る。樹林に覆われて展望のない尾根を登ると、「横窪峠」の標識とベンチがある。わずかに下り、再び上河内沢を渡って樹林の切り開かれた緩斜面を登ると横窪沢小屋に到着する。小屋番のお姉さんが出してくれた麦茶が冷たくて有難い。また、小屋前には水が引かれてベンチもある。ここで、ラーメンを作って昼食とする。
昼食後、再び尾根の登りとなる。ダケカンバやオオシラビソの林を登ると「水吞場」という水場があるが、水の出はチョロチョロで当てにならない。さらに長い登りをこなすと、少し傾斜が緩んで「樺段」の標識とベンチがある。一息入れて登る。やがて山腹を左にトラバースし始め、マルバダケブキが咲く草地が現れると茶臼小屋は近い。
茶臼小屋は主稜線から下がった沢沿いにあり、周囲にはトリカブトが咲く草原が広がっていて、展望がきく。宿泊手続きを済ませ、早速、ビールを買い求めて小屋脇のベンチで乾杯。長い登りの後のビールは旨いなあ。さらにワインも買って飲む。夕方、雨が少しぱらつく。大きな天気の崩れはないが、午後は雷雲が出て雨が降り易くなっているようだ。夕食の後、就寝。小屋は満員だが寝床はそこそこのスペースがあり、よく眠った。
翌朝は快晴。小屋の朝食を頂いて出発する。沢沿いの草原の中を登り、ハイマツの間を抜けると程なく主稜線に着く。北に延びる稜線は上河内岳に続き、その奥に聖岳の大きな山容を望む。今日の予定は上河内岳を越えて聖岳の手前の聖平小屋までなので、比較的短くて楽な行程だ。南には緩やかな稜線が茶臼岳が続いている。頂上はすぐそこなので、ザックはここにデポして、茶臼岳に往復してこよう。
茶臼岳頂上は、背の低いハイマツ帯に露岩が点在し、360度の展望が得られる。北には上河内岳の端正な三角形の山容を望み、その左には聖岳や赤石岳が見える。東には朝陽の逆光の中に笊ヶ岳や富士山の山影を遠望する。南には低くうねるように主稜線が延びて、その向こうに光岳を遠望する。光岳は遥か遠く、ここから往復するのはやはり1〜2日の余分の行程が必要になりそうである。
デポ地点に戻り、重いザックを背負って上河内岳に向かう。緩やかな砂礫の稜線を少し登り、左斜面をトラバースする。樹林を抜けると帯状の窪地に広がる草地に飛び出て、すっくと聳える上河内岳を望む。これはなかなか素晴らしい景観だ。
平坦な草原を進んで、緩やかな稜線の登りに取り付く。しばらく登ると大きな露岩があり、これが竹内門らしい。
ここから少し急な登りとなり、聖岳を眺めながらひと頑張りすると上河内岳の肩に着く。
肩から見上げる上河内岳の頂上は結構高い。ザックをデポし、広い斜面をジグザグに登って頂上に着く。
頂上からの展望は茶臼岳からのものより数段優れている。南東面の上河内沢を覗き込むと、遥か下の谷間に畑薙湖の湖面が小さく見える。昨日はあそこからあの辺りの尾根を登って来たんだよなあ。いやー、大仕事だった。
北を望めば聖岳がぐっと近づいて迫力を増し、その右には赤石岳、荒川岳と南ア南部のビッグスリーがピークを連ねる。南を眺めれば光岳は茶臼岳の向こうでますます遠い。
大展望を堪能して縦走路に戻る。浅い窪の中を下り、稜線直下の右斜面をトラバースする。ここはお花畑が広がって、チングルマ、コバノコゴメグサ、ヨツバシオガマ、マツムシソウ、トリカブト、ミヤマシャジン、オトギリソウなどの花を楽しむ。振り返ると、既に上河内岳が高い。
南岳の頂上を越え、左に崩壊した斜面を見ながら下る。再び右斜面のお花畑に入り、正面に聖岳の大きな山容を眺めながら下る。
森林帯を抜けると聖平上の鞍部に着く。ここから聖平小屋は僅かの距離だ。
聖平小屋に泊まるのは、2003年9月に荒川岳〜赤石岳〜聖岳を歩いたとき以来、2回目だ。前回泊まった旧小屋は撤去されて既にない。宿泊手続きを済ませ、小屋の前の椅子に腰掛けて早速ビールで乾杯。午前中に到着してしまったので、夕食までの時間はたっぷりある。しかし、泊まりの山行のときはこれくらいの余裕があった方が良い。夏山最盛期とあって、小屋もテン場も続々と到着する登山者で大賑わいの聖平であった。
今朝も快晴。今日の行程は逆コースで歩いたことがあり、その経験によると今回の山行中で一番の根性日となるはずである。朝食を済ませ、朝陽を浴びて一斉に出発する登山者と相前後して聖岳を目指す。西沢渡から上がってくる登山道と薊畑で合流し、マルバダケブキが群生する尾根を登る。樹林帯を急登し、小聖岳に着いてちょっと一休み。
ここから砂礫の大斜面をジグザグに登り上げると、聖岳の頂上に着く。前回の登頂のときはガスで全く展望がなかったが、今日は良く晴れて大展望が得られる。西から北にかけて、今日辿る兎岳から中盛丸山にかけての稜線と百間洞が見え、赤石沢の大渓谷を隔てて赤石岳の巨大な山容を望む。この山岳展望を見ないと登頂の価値は半減だなあ、と思う。
聖岳から兎岳に向かう。最初はハイマツと砂礫の尾根を緩く下るが、やがて右斜面をトラバース気味に聖兎コルに向かって急降下する。正面の兎岳はみるみるうちに高度をかかげ、あれを登り返すと思うとガックシ。赤石岳の名の由来ともなったラジオラリアの赤い岩場を下って鞍部に着く。稜線を吹き抜ける風に涼を求め、しばし足を休める。
鞍部からハイマツと露岩の尾根を一歩一歩登って高度を取り戻す。途中の兎岳避難小屋は相変わらずボロボロで使用不能。兎岳頂上に登りついて、大休止。これから辿る百間洞へのコースを目で追うと、稜線を一旦大きく下った後の中盛丸山(標高は兎岳とほぼ同じ)への登りがなかなかしょっぱそうだ。
広く緩い稜線を下り、小兎岳の頂上を越えて中盛丸山へ急登する。厳しいアップダウンの後のこの登りはなかなかきつい。ようやく登りついた頂上からは、赤石岳と聖岳の間を流下する赤石沢を俯瞰する。
次の大沢岳を登る元気はさすがにない(縦走中に登る人は稀と思う)。手前の鞍部から百間洞へのトラバース道に入り、マルバダケブキが咲く草原やダケカンバ林を通って百間洞山の家に下り着く。今日はやはり根性の行程だった。
早速、小屋前のベンチで缶ビールを飲む。雨粒がポツポツ落ちて来たので小屋内の食堂に移動すると、暫くして轟然と雨が降り出した。早目に到着して雨に遭わなかったのは幸運だった。焼鳥缶や焼酎を買って、食堂に集まった他パーティの人も交えて宴会となる。雨は夕方までには上がった。
夕食はこの小屋の名物のトンカツが出る。前回は素泊まりにしてしまい、失敗した〜と思ったで、リベンジ?が果たせて満足。質と量はそれなりだが、こんな山奥で食べられること自体に感動する。この小屋はあまり大きくない上に縦走の登山者が集中するので、夜はかなり過密で寝るのに苦労した。
今日の天気は少し雲が多い。百間洞山の家を発ち、沢沿いに上がってテン場を通り、広い斜面を登る。登り着いた百間平はその名の通り広大な平坦地で、行く手には赤石岳の大きな山容が眺められる。
暫く広く緩やかな稜線歩きが続き、赤石岳の急なガレ斜面に突き当たって、斜め右上にトラバースして登る。堆積した岩石を踏むと、カラカラと乾いた音が響く。左に折れて急斜面をジグザグに登ると、赤石岳頂上の一角に登り着く。
岩石に覆われた二重山稜を緩く登って、赤石岳の頂上に着く。頂上直下には赤石岳避難小屋がある。この頂きももちろん大展望。北には荒川三山を望む。三山のうち、東岳(悪沢岳)はやはり別格の山容で頭抜けている。振り返って南を眺めれば、昨日歩いた聖岳〜兎岳〜中盛丸山が弧を描いて峰を連ねる。
赤石岳から小赤石岳までは吊尾根状の楽な道だ。この右斜面は北沢カールの急峻なカール壁となっている。小赤石岳からは大聖寺平を見下ろしながらガレ斜面の大下りとなる。下りはまだ楽だが、すれ違う登りの登山者は大変そう。
大聖寺平から砂礫の斜面を水平にトラバースし、樹林帯を下ると荒川小屋に着く。日差しが強くなって暑い。少し下れば水量豊富な水場があり、ここで今夜の泊まりに備えてたっぷり汲んでおく。小屋脇のベンチで弁当の昼食をとる。
荒川小屋から中岳へは大きな登りとなる。急斜面にお花畑が広がり、イワインチン、ハクサンフウロ、イワギキョウなどが咲いている。鹿の食害を防ぐためか、お花畑は防獣ネットで囲まれている。
稜線に登り着いて、すぐ右のピークが中岳の山頂。今日の宿の中岳避難小屋が建つ。宿泊手続きを済ませたのち、時間と体力の余裕があるので空身で東岳を往復することにする。
中岳からゆるゆると下り、鞍部からは一転して急斜面をジグザグに登る。登り着いた東岳頂上は、ガスに巻かれて展望は得られない。前回の登頂のときも眺めがなかったので、これは残念。小屋への帰途にいてすぐ、ハイマツの中に遊ぶライチョウの親子連れを見た。あまり人を恐れる様子がなく、首尾よくカメラに収める。
鞍部から登った2973m標高点付近には、ハイマツを背後にして石仏が祀られている。行きは見落としてしまったが、帰りに見つけることができて喜ぶ。偏平足さんのブログ「石仏45荒川岳(静岡)」の記事によると、遭難者を供養する地蔵菩薩とのこと。風化が進行しているようで、お顔立ちは分からない。いつ頃に建てられたものだろうか。
中岳避難小屋に戻り、夕食を自炊して頂いたのちに就寝。寝室は垂直の階段を上がった屋根裏の二階になる。定員20名の小さな山小屋はほぼ満員だが、寝心地は良かった。
今日の行程は三伏峠まで。楽しみにしていた未踏の区間である。朝食と出発準備の間に小屋の管理人さんと雑談し、三伏峠までの道の様子や見所を教えて頂く。小屋の外に出ると、雲海の中に富士山が浮かぶ。天気は下り坂のようだが、今日一日は保つだろう。
中岳から前岳の頂上まではすぐ。前岳の西側を覗き込むと、大崩壊した急斜面となっている。崩壊壁の縁を辿ったのち、浅い窪のガレ場の大下りとなる。中岳避難小屋の管理人さんの話によると、ここは悪路で、雨の日に滑って転倒し、雨具を破いてしまったことがある、とのこと。今日は乾いて滑りにくいが、ガラガラの岩の堆積は非常に歩きにくい。
ようやくガレ場を下りきって一休み。それから樹林帯のトラバース道に入る。途中に水場があり、冷たい水で喉を潤す。「高山裏で泊まりの方は此処で水を汲んで行く方が楽です」との案内がある。後日、高山裏避難小屋に泊まった方の話を伺う機会があり、それによるとここで水を十分に用意して行かないと管理人さんのご機嫌が斜めになるそうだから、泊まる場合は要注意。
やがて、高山裏避難小屋に着く。「裏」の語感から薄暗い場所を想像していたが、中岳と前岳を仰いで意外と開けた場所にある。ここのWCは無料だが、使用するときは管理人さんに断ってからでないと怒られるので注意(というか、怒られた^^;)。
小屋の裏手の草原を登ると、樹林帯に覆われた広く緩い尾根上の道となる。湿り気のある雰囲気が奥秩父の山に似ている。左(西)側斜面はところどころ崩壊した斜面となり、その縁を歩く区間は展望が開ける。また樹林の中には断続的に草原が広がり、マルバダケブキの大群落が見られる。登りは緩やかだし、変化もあってなかなか楽しい縦走路である。
途中にはあまり大きなピークはない。板屋岳へは短い急登があるが、頂上は樹林の中の縦走路の途中という感じで、休憩には適していない。板屋岳を下って、大日影山手前の開けた鞍部で大休止。ラーメンを作って昼食とする。陽射しが強く、首筋がジリジリ日焼けする感覚がある。
この後も暫く緩い登りが続くが、やがて樹林帯を抜けると小河内岳への長い登りとなり、低いハイマツに覆われた尾根を辿る。風が強まり、寒いくらいだ。
登り着いた小河内岳頂上は360度の展望が開け、悪沢岳と塩見岳の良い展望台だ。ただし、天気は下り坂で、悪沢岳の頂上は灰色の雲の中に隠れている。頂上東の平坦地には小河内岳避難小屋が建っているのが見える。あの小屋は絶景で宿泊者も少ない穴場だろう。
小河内岳からは、前小河内岳、烏帽子岳と高山的な稜線が続く。登り下りは緩やかだが、長い行程の終盤で疲れが出てくる。特にY氏は膝の具合が良くないようで、烏帽子岳頂上でテーピングしている。三伏峠まであと一息、頑張ろう。
烏帽子岳からの下りは意外と長く、漸く三伏峠小屋に着く。ここも塩見岳登山の拠点なので、山小屋、テン場とも大賑わいである。Y氏が他の宿泊者に気兼ねなく足の手当てをしたいとのことなので、個室に入る。これは超快適で、あとは風呂に入れれば旅館と同じ居心地の良さだ。明日は確実に雨が降るし、Y氏の足の問題もあるので、ここで縦走を打ち切り、鳥倉登山口に降ることにする。夕食を頂き、布団に包まってぬくぬくと就寝する。
翌日は予報通り朝から強い雨。朝食をのんびり頂いたのち、雨具をつけて出発する。この道は塩見岳に登った時にも歩いた道で懐かしい。右山腹をトラバースして下る。ところどころの木の桟橋が滑りやすくて要注意。尾根を乗っ越して左山腹を下る頃には、雨も上がる。カラマツ林を下って、林道に降り着いたところが鳥倉登山口バス停である。WC有り。
大勢の登山者も同じ頃に続々と下りて来る。雨具を脱ぎ、9:10発のバスを待つ。定刻の少し前に2台のバスが到着、乗り込む。バスは途中の「塩の里」での休憩をはさみ、伊那大島駅に11:00着。日帰り温泉が近くにあれば入りたいところだが、生憎ない。駅で着替えだけ済ます。駅前の通りを左へ坂を上がったところにコンビニがあり、昼食を買い込む。
11:51発飯田線岡谷行に乗車。岡谷で14:04発あずさ20号に乗り換えて、新宿に16:34着。ここでY氏と別れ、浅草経由東武線特急で桐生に帰った。