美ヶ原
休日出勤の代休をとって、美ヶ原に登ってきました。美ヶ原は山頂近くまで車道が通じ、誰でも楽に登れる百名山ですが、それでは行程が短過ぎて、山歩きとしては些か物足りない。南麓の三城(さんじろ)を起点とし、北アの展望台として有名な王ヶ鼻、最高点の王ヶ頭(おうがとう)、比較的マイナーな茶臼山を周回するコースを歩いてきました。
桐生を車で出発。中部横断道・佐久南ICで高速を降り、R142を走って和田宿で右折。県道美ヶ原和田線を走ってビーナスラインに合流し、扉峠からよもぎこば林道を下って、三城いこいの広場に到着。一段下がった場所にある登山者用駐車場に車を置く。平日なので他の車は1台のみ。雲一つない青空に、王ヶ鼻から王ヶ頭にかけての美ヶ原の稜線が見上げられる。台上は平坦な美ヶ原だが、こちら側は切れ落ちて稜線直下に懸崖を連ね、意外と迫力ある山容を見せている。
三城いこいの広場から車道を歩き、王ヶ鼻に直登する八丁ダルミコースの登山口に向かう。途中で三城牧場の前を通る。開けた谷一面に広がる牧草地で、牛の群れがモー、モーと鳴きながら草を食んでいる。牧場の奥にはアンテナが林立する王ヶ頭の頂きと、ちょんと尖った烏帽子岩が高々と聳え、なかなか優れた山岳展望である。
車道を辿り、尾根を回り込んで谷に下ると、桜清水茶屋という蕎麦と山菜料理の店がある。ここが八丁ダルミ/木舟コースの登山口で、石切場と呼ばれる地点だが、それらしい場所は付近に見当たらない。
「王ヶ鼻 2.7km →」の道標に従って、谷を登る車道に入る。段々畑のようにテントサイトが整地されたオートキャンプ場を通り抜け、最奥から山道に入ると、すぐに道標のあるY字の分岐に着く。身体が温まって来たので、長袖シャツを脱いでTシャツ1枚になる。
右に王ヶ頭に向かう木舟コースを分け、左の八丁ダルミコースを辿る。雑木とカラマツの混じる山腹を大きくジグザグを切って登って行く。
「王ヶ鼻 1.2km →」の道標を過ぎると、カラマツ林と笹原に覆われた尾根を真っ直ぐ登る道となる。空気はカラッと乾いていて、黄葉の始まったカラマツ林から零れ落ちる陽射しが笹原の上で輝く。今日は本当に気持ち良い天気だなあ。
なおも登ると樹林が切れてススキ原が広がり、松本平や槍・穂高連峰の眺めが開ける。振り返れば、鉢伏山がその名の通りにゆったりと稜線を左右に延ばしている。鉢伏山もいつか登ってみたい、気になる山だ。
「王ヶ頭 1.8km →」という道標があり、右にトラバース道を分ける。直進して尾根上の道を行くと傾斜が増し、低く疎らなカラマツ林の中をガレを踏んで登って行く。標高が上がるにつれて見える範囲も広がり、八ヶ岳や南ア、遠く富士山まで眺められる。
大きな岩場を右から回り込んでその上に立つと北の展望が開け、美ヶ原北端の武石峰が眺められる。王ヶ鼻の頂上はすぐそこで、上に数人の人影が見える。
登り着いた頂上は松本平に向かって突き出た岩場で、東を除く三方の眺めが展開する。数組のハイカーさんが休憩中で、大展望に歓声を上げたり、写真を撮ったりしている。
この一帯の岩場は板状節理の岩から成る。岩場の天辺には御嶽座王大権現や不動明王などの石像、石碑が建つ。置かれた賽銭箱には御嶽神社奥ノ院とあるが、一般には王ヶ鼻神社とも呼ばれているようだ。石像は後でじっくり見ることにして(詳細は偏平足さんの記事「石仏212美ヶ原・王ヶ鼻(長野)」を参照)、まずはこの大展望を楽しもう。
最初に目を奪われるのは、松本平とその向こうにドドーンと連なる槍・穂高連峰だ。手前の常念岳や蝶ヶ岳は、稜線が槍穂の中腹に溶け込んで少々判りにくい。右に視線を転じると後立山連峰へとスカイラインが延々と続き、鹿島槍や五竜岳、白馬岳が判別できる。しまった、双眼鏡を持ってくるんだったなあ。剱岳も頂上稜線をわずかに覗かせている。
槍穂から左には、乗鞍、中ア、南ア、八ヶ岳がそれぞれデデーンと大きな山塊として眺められる。御嶽は惜しくも雲の中、八ヶ岳と南アの間には富士山の小さな山影が遠望できる。さらに左には美ヶ原の平坦な稜線が続き、茶臼山や王ヶ頭のピークが眺められる。
美ヶ原の右側は懸崖を交えた急斜面で、緩やかな山麓へと落ちて行く。山麓の濃い緑の中に、三城の牧場の明るい緑がぽっかりと広がる。岩の上に腰を降ろし、大展望と缶詰のタンドリーチキンを肴に缶ビールを開けるのは至福のひとときである。
小一時間ものんびりした後、王ヶ頭に向かう。王ヶ鼻から先の美ヶ原台上の道は平坦で楽チンだ。遊歩道から未舗装の作業道に出ると、電波塔が林立する王ヶ頭の頂きが、広々とした草原の向こうにポッコリと盛り上がっている。
王ヶ鼻に向かう多数のハイカーさんと交差して王ヶ頭に向かう。ポッコリの手前で王ヶ頭の南面を巻くアルプス展望コースを右に分ける。王ヶ頭の頂上へは、その先で右に分岐する小道に入る。ザレをちょいと登ると、三角点標石のある王ヶ頭頂上に着く。
頂上は真っ平らでだだっ広く、電波塔が林立している点で赤城の地蔵岳と雰囲気が似ている。ここも展望が良いが、王ヶ鼻には北アの展望の迫力の点で及ばない。頂上には摩利支天と不動明王の石像があり、どちらも大きく立派で素晴らしい。逆光で写真がうまく撮れなかったのは残念。
三角点標石の少し先、鉄塔と王ヶ頭ホテルの間に御嶽神社があり、南向きの鳥居と石祠、大天狗、小天狗、不動明王、弘法大師など多数の石像が祀られている。神社の背後にも多数の石像、石碑があり、たぶん電波塔やホテルを建てる工事の際、ここに集められたのだろう。これを見ると、かつての美ヶ原は山岳信仰の盛んな山であったことが分かる。今では大勢のハイカーさんがここを通るが、足を止めてこれらの宗教モニュメントに興味を示す人は誰もいない。
ついでに王ヶ頭ホテルの様子を見に、表玄関に回ってみる。ホテルの前から美ヶ原の広大な牧場と周囲の山々が一望でき、一等級の山岳リゾートである(調べたら宿代も一等級 ^^;)。牧場の中を、ハイカーさんが続々とこちらに向かって来るのが見える。三角点標石に戻り、道標に従って南に下り、アルプス展望コースに合流する。
アルプス展望コースは美ヶ原台上の縁に沿い、カラマツと紅葉が始まったツツジ類の低木が疎らなに生える草原の斜面をトラバースして行く。やがて左側の牧場に近づき、牧柵の鉄条網が続く。ハイカーさんが比較的少なく、ゆったりした雰囲気に浸れる。
右に三城の牧場を見おろして進むと、烏帽子岩と称する岬の様に突き出た岩場がある。岩場の突端はすっぱりと切れ落ちて高度感があり、ダウンコートの女性二人組が恐る恐る下を覗き込んでいる。板状節理の岩は脆く崩れ易いので注意。ここから振り返る王ヶ頭は、穏やかな稜線の下に険しい山肌を見せて、なかなか見栄えがする。
烏帽子岩の先の適当な場所で大休止。ラーメンを作って昼食とする。白雲がポツポツ流れて来て、草原の上に落ちた影がゆっくりと動いて行く。さすがに標高2000mで風が吹くと涼しいを通り越すので、温かい物が美味しい。
腹が満ちたところで先に進もう。三城に下る百曲りコースを右に分け、左に曲がって牧場の中に入り、牧柵の間の砂利道を歩く。途中で茶臼山へのコースが右に分かれるが、折角だから有名な美しの塔まで往復してこよう。
少し先でWCを過ぎ、T字路となった辺りが塩くれ場(昔、この辺りの岩の上に塩を置いて牛馬に与えた)である。T字路の少し手前には「中村統 二木確 遭難記念指導標」という古い石碑があり、「向テ右 物見石山ヲ経テ武石村 向テ左 百曲ヲ経テ入山辺村」と刻まれている。ここは平坦で広く、地形に特徴がないので、霧で視界がないときに道に迷って遭難したのだろう。美しの塔も遭難防止のための道標として1954年に建てられたと聞く。
広大な牧場とその向こうにポチッと飛び出た王ヶ頭、北アや八ヶ岳の山々、放牧された牛の群れを眺めながら美しの塔に向かう。ここは美ヶ原のメインストリートで、ハイカーさんより観光客の方が多い。
美しの塔には、尾崎喜八の詩「美ガ原溶岩台地」を刻んだプレートが掲げられている。後段の「秋が雲の砲煙をどんどん上げて、空は青と白との眼もさめるだんだら。」の一節は、今日の天気にピッタリの表現である。
美しの塔から戻り、茶臼山分岐から牧場の中に入って、草原のか細い踏み跡を辿る。茶臼山に向かう人は殆どいない(頂上で一組に会っただけ)。青空に向かって開け放たれた、だだっ広い台地は異次元の空間だ。ここには俗化する前の美ヶ原の雰囲気が残っているんじゃないかなと想像する。風景に気を取られて牛の落し物を踏まないよう、注意。
牧場を出て、色づき始めたダケカンバやカラマツが疎らに生える笹原の尾根を登る。振り返ると、王ヶ鼻を舳先とした美ヶ原の台地が大きい。笹原の切り開き道を登り、三角点標石のある茶臼山頂上に着く。
頂上からは東から南にかけて展望が開け、浅間山や八ヶ岳、霧ヶ峰、南アが見え、諏訪湖の湖面も一部望まれる。ここまでの好展望は期待していなかったので、得をした感じだ。
茶臼山から三城への下山は、広小場を経由するルートを選ぶ。西の尾根を下るとすぐに道標があり、右折して茶臼山の頂上直下の山腹を戻る様にトラバースする。カラマツとササの中に切り開かれた山道は、細いながらも道型がハッキリしている。
トラバースが終わると、苔むした転石の多い斜面を小さくジグザグを切りながら急降下する。しっとりした樹林帯は、奥秩父に感じが似ている。展望はなく、ところどころで木の間越しに王ヶ頭辺りが見えるだけだ。
小さな窪に入って下ると水音が近づき、大門沢が現れる。左岸をトラバースする道となり、道標が現れて右へ下る道が分かれる。この道を下ったところに炊事場とWCがあり、車道の終点となっている。
沢を対岸に渡ると、樹林の中に草地の広場がぽっかり開け、東屋が建つ。ここから百曲りコースが分岐する。この広場が美ヶ原県民の森の広小場キャンプ場だが、県民の森のキャンプ場は今年11月29日をもって廃止されるとの掲示がある。居心地が良さそうなキャンプ場なので、使えなくなるのは少々惜しい。
大門沢に沿い、流れを数度渡り返しながら下る。「県民の森」の丸太組みの看板を過ぎると車道に出る。道標に従って車道を左に辿ると三城オートキャンプ場に入る。入口には、キャンプ場利用者以外立ち入り禁止の看板があるが、道標がそっちを指し示しているから問題ないだろう。
キャンプ場の中を道標に従って通り抜けると、三城いこいの広場のレストランの脇に出て、車を置いた駐車場に戻った。意外と歩き応えがあるコースで、大展望が楽しめて変化にも富み、なかなか充実した山歩きだった。
帰りはR142から少し脇道に入った立科♨権現の湯に立ち寄る(400円)。小高い丘の上にあり、浴室・露天風呂どちらからも浅間連峰が一望できる。ここはお勧め。茜色に染まる浅間山を眺めながら温まったのち、急速に暮れ始めた帰路についた。
参考URL:計画の際、アルプス観光協会の美ヶ原高原の地図を参考にさせて頂きました。