愛宕山(京都)
金曜日に京都で所用があり、出かけることになった。所用だけならば日帰りできるが、翌日は休みだし、なかなか訪れる機会のない遠方の地なので、一泊して京都近郊の山歩きを企てる。土曜日から三連休なので、できればもう一、二泊したいところだが、観光シーズン中の京都の休日の宿泊料金は平日の倍とバカ高いので、残念ながら一泊のみとする。
登る山は、京都市北西部の愛宕山(標高924m)とした。頂上に鎮座する愛宕神社は火伏せの神様として広く信仰を集め、全国各地に多数ある愛宕神社の総本宮である。これはお参りしない訳にはいかないでしょう。京都府に二座ある日本三百名山の一つでもあり(もう一つは比叡山)、手軽な山歩きが楽しめそうである。南麓の清滝から表参道を登り、月輪寺(つきのわでら)を経由して下る周回コースを歩く予定を立てて、出かけてきました。
前日は京都市内で所用と宴会をこなし、京都駅前のホテルにチェックイン。翌朝、チェックアウト後、山歩きに不要な荷物は駅コインロッカーに預け、コンビニで買い込んだパンとペットボトル飲料を入れた布製ナップザックにトレラン用シューズという、出先の山歩きでは恒例の軽装で、京都駅前から7:53発清滝行きの京都バスに乗車する。
バスは途中、桂川に架かる渡月橋を渡って阪急嵐山駅を経由する。先週末の台風18号マンニィの豪雨では桂川が増水し、橋桁まで濁流に襲われた渡月橋の映像がニュースで報じられた。今日の桂川は、まだ茶色に濁って水嵩も多いが、水位はかなり下がっている。渡月橋の周辺には大勢の観光客が押し掛けて、京都随一の観光地らしい賑わいが戻っていた。
バスは阪急嵐山駅で大勢の中高年ハイカーさんを乗せ、大覚寺を経由して交互通行の狭いトンネルを抜けると、すぐに終点の清滝バス停に到着する。清滝川の深い渓谷に面して愛宕山への山稜を仰ぎ、奥山の雰囲気がある。嵯峨野の住宅地から短いトンネルを一本抜けただけで景観が一変して面白い。
バス停先のY字分岐を左に降り、清滝川に架かる朱塗り擬宝珠の橋を渡って清滝の小さな集落を抜けると、愛宕山表参道の登山口に着く(なお、Y字分岐を右に行くと、WCと有料駐車場を経由して、同じ登山口に着く)。
愛宕神社の鳥居を潜り、幾組ものハイカーさんと前後して参道を登り始める。最初はコンクリ舗装の石段が続く。道の右側にある掘割は、戦時中まで営業していたというケーブルカーの軌道跡だそうだ。
快晴で暑く、蟬が盛んに鳴いている。参道は杉林に覆われた木陰を通るので、そこそこ涼しくて助かる。軌道跡を離れて山腹をジグザグに登ると、湧き水の水場がある。この先は頂上の社務所まで水分は入手できない。参道に沿って多数の板碑や地蔵が丁石として置かれている。石碑が残る火燧(ひうち)権現跡を過ぎ、アカガシやアラガシなどの常緑広葉樹の中の石段を尚も登ってゆくと幅広い尾根の上に出て、五合目休息所の東屋が建つ。
東屋のすぐ先に大杉の根本に祀られた小さな祠があり、大杉神社という札が立てられている。ここは表参道で唯一の展望地で、南に丹波山地の山並や京都盆地、その中をうねって流れる桂川が遠望できる。
大杉神社を過ぎると、参道は尾根の左を絡むトラバース道となり、緩く登る。標高が上がって涼しくなり、蟬の声もいつの間にか聞こえなくなった。杉並木と丁石を辿ってだらだらと登ると、水尾わかれ休息所の東屋があり、左に水尾の里へ下る道が分岐する。
右の愛宕山へ登る道を進むと、杉林に覆われた緩い坂道の脇に戸締まりされた小屋が建つ。説明板によるとここはハナ売場と呼ばれる場所で、近年まで水尾の女性が樒(しきみ)を火伏のお守りとして売るために上がって来ていたそうだ。
さらに階段の続く参道を登ると、黒塗りの山門に着く。説明板によると、黒門または京口惣門と呼ばれ、かつてはここから白雲寺の境内に入り、六つの宿坊が立ち並んでいたそうだ。愛宕山は江戸時代を通じて白雲寺が神宮寺として実権を握る神仏習合の山であったが、明治時代の神仏分離令により白雲寺は廃止されてしまったとのこと。
黒門を潜ると、樹林に覆われた広く平坦な園地となり、社務所や飲料の自販機、WCがある。社務所は古風で立派な造りだが、老朽化してちょっと山小屋っぽい。木陰にベンチがあり、休憩適地だが、先に愛宕山頂上に行こう。
銅製の大きな石灯籠の間を通り、幅広く急な石段を登る。中段で左に折れて鳥居と山門を潜り、最後の石段を登ると愛宕神社の社殿に着く。中に入ると小広い中庭があり、その奥に拝殿がある。欄間の猪の透かし彫りがリアルで素晴らしい。二礼二拍手一礼して参拝。それから「阿多古 祀符 火迺要慎(ひのようじん)」と記されたお札を頂く(初穂料500円)。火伏せの神様の大元締めのお守りなので、これは霊験がありそうだ(^^)
石段を下って社務所前の園地に戻り、ベンチに腰掛けてパンの軽い昼食を摂る。木の間からそこそこ眺めが得られて寛げる。昼食を済ませたのち、下山にかかる。石段の基部を右に回り込むと、月輪寺へ下る道が右へ分岐する。道の入口には「午後5時〜午前9時の夜間は月輪寺の境内通行禁止」の立て札がある。
下り始めるとすぐに見晴らしの良い地点があり、京都市街が遠望できる。ここから尾根を下る。表参道ほど幅は広くはないが、小さくジグザグを切って階段道が続き、歩き易く整備されている。
やがて尾根から左に離れて山腹をトラバースすると、斜面にへばりつく様に幾つかの棟が建つ月輪寺に着く。車道はなく、麓から山道を1時間半程登らなければ来られないという秘境にある寺である。正面は開けて、京都盆地が一望できる。夜景が奇麗だろうな。市天然記念物のシャクナゲの大株があり、開花時には見事そうだ。龍女水と名付けられた水場があり、この水で喉を潤して先に進む。
尚も樹林の中を降りて行く。標高が下がるに連れて暑くなり、セミの声も聞こえ始める。やがて水音が近づいて、渓流に下り着いたところが月輪寺登山口である。渓流を少し遡ると空也滝という滝があるそうだが、今回は割愛。ここから舗装された細い車道を歩く。
渓流に沿って車道を下ると、清滝川の本流に合流する。清滝川上流に向かって分岐する歩道があり、案内図によると京都一周トレイルというコースが高雄山神護寺まで通じているらしい。このコースはちょっと興味を惹かれる。意外と深い清滝川の渓谷を見おろしながら車道を歩いて清滝の集落に戻り、短い坂道を登って清滝バス停に帰着した。
帰りのバスまで1時間程時間があるので、バス停脇の売店に入り、缶ビールを買って飲んでのんびり待つ。お店のおばさんから、かつての清滝の賑わいや近年の寂れっぷり、今年1月の母親と子供3人の道迷い遭難騒ぎの顛末(大捜索隊が出動したが発見されず、翌日に何事もなく下山、そのまま帰りかけた)等の面白い話を京都弁で伺っているうちに、缶ビールをもう一本飲んでしまい、あっという間にバスの発時刻となる。
13:28発のバスに乗り、ほろ酔い気分で京都駅前へ。コインロッカーから荷物を取り出し、京都タワー地下3階の大浴場で結構かいた汗をさっぱり流して着替える。それから駅ビルで軽く宴会したのち、京都18:06発ののぞみに乗車して帰途についた。