岩船山〜晃石山〜太平山
正月休みに軽い山歩きをしたあと、いろいろ所用が重なって、山歩きから長いことご無沙汰した。この週末は久々に歩ける暇ができた。すっかり足が鈍っているので、安全な低山でちょっと長い距離を歩いてトレーニングしようと考えて、岩船山から晃石山(てるいしさん)の縦走ハイキングコースを歩くことを思い付く。
このコースは、2008年6月にあじさい坂のアジサイを見たあと、太平山(おおひらさん)→晃石山→馬不入山(うまいらずさん)という行程で歩いたことがある(山行記録)が、岩船山には登っていない。岩船山はJR両毛線の岩舟駅の間近に聳え、低山ながらも石切場跡の岩壁を巡らせた目を引く山容の山だ。山頂には日本三大地蔵の一つとされる岩船山高勝寺があり、岩舟駅から長い参道石段が通じていて、アクセスが良い。因みに三大地蔵の残り二つは、滋賀県の木之本地蔵院と山形県の猿羽根山地蔵堂だそうだ。
という訳で、両毛線を利用して、岩舟駅から岩船山→馬不入山→晃石山→太平山と歩き、太平下駅に降りるコースを計画して出かけてきました。
桐生駅6:59発小山行の列車に乗車。今日は天気が良く、途中の大小山の大小のプレートにも朝日が反射して輝いて見える。気温が高いため、少し距離のある三床山は靄って見える。
40分ちょっとの列車の旅で岩舟駅に到着して、数人の乗客とともに下車。駅前には岩壁を擁して岩船山が聳える。駅前の通りを少し左に進んだところに参道入口があり、「岩船山」と刻まれた立派な石標がある。
石畳の参道を進み、長い参道石段に取り付く。最初は薄暗い竹林の中で、少し荒れた雰囲気があり、あまり歩かれていないのかな、と感じる(裏参道から車で上る人が多いのかも)。途中から自然林に入り、明るい雰囲気に変わる。左右には石切場跡の岩壁がある。かなりの高さがあり、よくぞこれだけ削ったものだと感心する。
参道石段の中間には坂中地蔵の岩屋があり、風化した地蔵尊が祀られている。説明板によると、かつてはここに草庵があり、鳥取の大山の修行僧.弘誓坊明願(のちに高勝寺を開山)が岩船を参拝した際、生身の地蔵が現れてここに泊めたという伝説があるそうな。
参道石段の上部に差し掛かり、先行するソロハイカーさんに続いて登る。最後に右折して石段を上がると、樹林に鬱蒼と覆われた岩船山頂上台地の一角に登り着く。登り着いた地点には綺麗なWCあり。南側に向かって展望が開け、関東平野と三毳山が眺められる。今日は靄がかかって、遠景まで見通せないのは惜しい。
この先、参道を少し下がった所に朱塗りの大きな山門が見え、あれが高勝寺らしい。そこまで行かず、その手前で「三重塔→」の道標に従って左折、岩船山の頂上に向かって石段道を登る。すぐに朱塗りで高く立派な三重塔が現れる。江戸時代中期の寛延四(1751)年の建立。屋根は、1984年に修理されて、銅板葺になっているとのこと。
三重塔からさらに急な石段を登る。石段の脇には何故か襤褸を着せられた観音像が点々と並んで、妙な雰囲気。登り着いた平地は眺めが開け、数基の石塔が建ち、片隅に孫太郎(本殿)の木造の小社がある。
岩船山の頂上は、平地の左手の高みの上にある。高みに攀じ登ると夥しい数の古い卒塔婆が立ち並ぶ。その間を失礼して通り抜け、笹藪の奥へ踏み跡を辿り、断崖絶壁の縁に突き当たった所が頂上だ。「栃木283山 No.272 岩船山 標高172.7m」の山名標識と「見晴台」と書かれた標識がある。頼りない転落防止柵の向こう側は切れ落ちて、剣呑、剣呑。柵の外の岩場の上に風化した水盤と「三角点 地理調査所」と書かれた小さな円形プレートが設置されている(後日調べると、地理調査所は国土地理院の前身で、1960年に改称)。低山ながら長年気になっていた山なので、登頂できて、ちょっと嬉しい。
高みから降り、「←本堂」の道標に従って坂道を下ると、高勝寺本堂の裏手に下り着く。表に回って参拝。朱塗りの屋根が大きく、立派な本堂だ。しかし、朝早いためか、周辺に人の気配はなく、ガラーンとしている。本堂から参道石段を下ると、これも朱塗りの大きな山門が建つ。中には一対の仁王像が収められて、門前に睨みを利かせている。
山門の前から裏参道の車道を辿り、北東側の山腹をジグザグに下る。やがて北方の展望が開け、大きく切り崩された山肌を見せる小山や、その向こうには馬不入山のなだらかな頂が眺められる。さらに下ると、左手に聳え立つ巨大な岩峰が見えて来る。この岩峰はかつては岩船山の頂上と尾根続きだったが、東日本大震災で尾根が崩壊して孤立した岩峰になった。凄まじく切り立っており、採掘によって生じた人工的な岩峰ではあるが、見応えがある。
山麓に下り着いて、冬の乾いた田んぼと民家の間を歩く。岩船山を振り返ると、稜線にV字に切れ込んだ崩壊が凄まじい。T字路に突き当たって左折。関東ふれあいの道の道標に従って、浅く広い谷間を真っ直ぐに北上する。行手には鳥居があり、その右奥には馬不入山がゆったりと稜線を広げる。低山にしては大きく見える。
「鷲巣溜(わしのすため)」の看板のある溜池を左脇に見て車道を直進し、鳥居を潜って神社の広い境内に入る。説明板によるとこの神社は「鷲神社」といい、「お酉様」とも呼ばれている。主祭神は天日鷲命(あめのひわしのみこと)。天正年間の創建と伝えられている。12月第1日曜日に例祭が行われているとのこと。由来ある神社だが、本殿は簡素で新しい。
鷲神社を過ぎ、関東ふれあいの道の道標に従って幅広い山道に入り、ゆるゆると登る。車道を横断し、馬不入山への登山道に入る。ここからは以前、逆コースで歩いたことがある道だ。
木の階段道を一直線に急登すると送電鉄塔が見えて来て、程なくなだらかな尾根の上に出る。ここからは尾根を辿り、雑木と常緑のヒサカキが混じる林の中を登って行く。
途中、左へ岩舟総合運動公園に下るショートカット道を分ける。前回は公園内の遊楽々館に日帰り入浴で立ち寄ったが、この道は通っていない。小ピークに登り着くと、木立を透かして行手に馬不入山のゆったりとした山容で意外と高く眺められる。一旦小さく下り、冬枯れの明るい雑木林の中を真っ直ぐに登って行くと、馬不入山の頂上に着く。
頂上には三角点標石とベンチがある。やはり足が鈍っていて、ここへの登りは結構疲れた。頂上のベンチに腰掛けて一休み。人気のハイキングコースだけあって、他にも休憩中のハイカーさんが数人居られる。関東ふれあいの道の案内板があり、それによるとこの辺りの尾根道は古くから峠越えの道として利用され、この頂は馬が通りにくい場所だったとか。だから馬不入山なのかな。
休憩後、縦走路を東に進む。頂上のすぐ先の道端には石碑があるが、風化して全く読めない。行く手には木立を透かして晃石山が結構遠くに見える。今日のコースはなかなか良いトレーニングになるなあ。縦走路は稜線上をしばらく小さく上下してゆるゆる進み、一段下って桜峠に至る。
桜峠には東屋やベンチがあり、休憩適地。前回は鬱蒼とした森に覆われて眺めはなかった記憶があるが、北西側が伐採されて、諏訪岳の端正な三角形の山容が遠望できる。北西側に下る峠道も整備され、「←村檜神社」の道標がある(村檜神社は諏訪岳の東麓にある神社)。この峠道は機会があれば歩いてみたい。
桜峠からは手摺付きの階段道の長い急登となる。後ろから快足のソロハイカーさんが迫って来るので、トレーニングモードを発動。追い付かれないように頑張って登る。階段道を登り切ったところでカメラを取り出して写真撮影。その間に先に行って貰う。いやー、この階段道の登りはきつかった。ちょっと頑張り過ぎた。ここからは傾斜が緩み、ゆるゆると登ると青入山の頂上に着く。
青入山の頂上は西側の樹林が切り開かれて、唐沢山から諏訪岳にかけての山並みが一望できる。その向こうは今日は霞んで眺められない。ベンチもあり、ここも休憩に適している。
青入山から稜線を東に辿ると、晃石山の直下で縦走路は右の巻き道に入る。ここは稜線を辿って直進。急坂を登って、晃石山の頂上に着く。
頂上は樹林に囲まれて、展望は一部の方面に限られる。小広い平地に小社と小さな鳥居、一等三角点の大きな標石があり、周辺に数基のベンチがある。小腹が空いたので、ベンチに腰掛けて菓子パンを齧る。
頂上からは南に下って晃石神社に向かう。晃石神社の社殿はなかなか立派だ。説明板によると、創立は天平元(729)年。兵火や山火事で何度か焼失し、現在の建物は文政八(1825)年に再建されたものとのこと。古く由緒ある神社だ。鏡石という奇岩があり、日夜煌々と輝いたことが山名の由来だそうだ。社殿の前の広場には鏡石と称する岩があるが、これがその鏡石?
晃石神社からは、急な山腹をトラバースして、稜線上の縦走路に復帰する。見晴らしの良い小ピークを越える地点は眺めが開け、南麓を俯瞰する。その左には最後のピークの太平山が眺められる。あとは下りだけと思っていたが、太平山へは結構な登りが残っている。
ひと下りして、ぐみの木峠を通過。その先で車道を横切り、尾根道をゆるゆると下ると、太平山直下で右に巻き道(太平山神社への近道)を分ける。ここは「←富士浅間神社 0.1km」の道標に従って左へ。距離は100mと書いてあるが、ちょっと長く急な登りがあり、息を切らせて太平山の頂上に登り着く。木立に囲まれて富士浅間神社が建ち、展望はない。神社裏手の高みの立木に「太平山 341m」の山名板がある。
太平山から下って巻き道を合わせ、さらに緩くひと下りして、大勢の参拝客で賑わう太平山神社に着く。ササッとお参りしたのち、参道坂道を下って謙信平に向かう。
謙信平には数軒の茶店があり、サイクリングやドライブで来た大勢の客で賑わっている。前回、ここで食べた名物の焼き鳥と卵焼きは美味かった。今回も、もちろんそれが目当てで来た。日の出家という店で焼き鳥と卵焼きを注文。ビールも飲もうと思ったが、グラスは売り切れで瓶しかない。まだ下山があるし、流石に瓶を飲んだら酔っ払って転んで怪我しかねないので、ノンアルにしておく。
店の前に外座敷があり、ここに陣取って待っていると配膳してくれる。まず、ノンアルが来たので、ちびちび飲み始める。少し風があるがUDLジャケットを着ていれば寒くない。既にロウバイが満開。しばらくして、焼き鳥と卵焼きが到着。待ちかねてパクついたため、写真を取り損ねた。しかし、これは記憶に違わず美味いなあ。大満足。もう一つの名物の三色団子もお土産に買って帰ろう(帰宅後食べる。これも美味しかった)。
下山は太平下駅に向かう。車道を下ると、関東ふれあいの道の道標があり、右に道が分岐するが、ここは直進(最初、間違えた)。少し先のもみじ庵という店(シャッターが閉まっていて現在は閉鎖?)の前の駐車場の奥に下り口がある。石段を下ると幅広い山道となり、樹林の中を下って行く。傾斜が緩く、歩き易い。
断続的に立派な階段道となり、良く整備されている。太平山神社へのかつての参道だったのではないかと思う。途中で車道(林道下皆川線)を横断する。振り返ると晃石山が良く眺められる。さらに石段道を下る。道端に「天明四(1784)辰年 宮之前 中山講中」の銘のある古い青面金剛像を見つける。日月・天邪鬼・三猿が彫られた立派なものだ。
石鳥居を潜って下り、山麓の車道に出る。この地点(下皆川登山口)には「東山道」と書かれた案内板がある。後日調べると、東山道(とうさんどう)とは、近江国と陸奥国・出羽国を結んだ古の幹線道路らしい。
あとは車道を歩いて、太平下駅に向かう。駅には13:35着。列車の時刻を確認すると14:18発で、間がある。駅前には住宅の他には何もなく、駅舎のベンチで列車を待つ。6時間弱の短い行程であったが、鈍った足にはちょうど良いトレーニングとなり、結構疲れた。休んでいるうちに発時刻となり、定刻通りに来た列車に乗って桐生に帰った。