中袈裟丸山〜奥袈裟丸山
餅ヶ瀬川から中袈裟丸山へ突き上げる中尾根は、袈裟丸連峰の最も奥深い所に位置し、以前から登りたいと思っていたコースだ。それで、昨年の5月のことだが、中尾根から小法師尾根へ途中テント泊で周回する計画を立てて出かけたことがある。しかし、中尾根の終盤、主稜線まで高度差100mの地点で急崖に行く手を阻まれて登れず、泣く泣く敗退。幕営装備一式を担いで中尾根を登るのは無謀な試みだった。情けない結果に終わったので、山行記録はHPにアップしていない。
この週末は久しぶりに天気が良さそう。中尾根に今度は日帰りで挑戦してみよう。小法師尾根を小法師岳まで辿ると行程が長くなり、日が短いこの季節では時間が足りない。そこで、途中の1690m標高点から南尾根を下り、餅ヶ瀬林道の破線路に出るコースを考える。南尾根はたそがれさんが登路に用いた記録があり、餅ヶ瀬林道は私も終点まで辿ったことがある(山行記録)。これなら行程が短くなり、日帰りでもギリギリ行けそうである。
桐生を未明に車で出発。R122から餅ヶ瀬川沿いの車道に入り、一般車通行止のゲートの手前の駐車スペースに車を置く。他の車はない。空が明るくなり始め、青空が広がって天気は良さそうだが、外に出ると寒い。もう10月も下旬だからなあ。朝食にパンを食べたのち、冬用の厚手の長袖シャツとトレックパンツという出で立ちで歩き始める。
すぐにゲートを通過し、程なく右に唐風呂林道を分けて、左の林道を進む。深い峡谷の底をどうどうと流れる餅ヶ瀬川を覗き込みながら歩き、榮松(いえまつ)橋で右岸に渡って、二子山の北東尾根の鼻を回る。北東尾根もその筋の方々が歩いた記録がある。
袈裟丸橋で左岸に戻り、あとはずっと左岸の高い所をトラバースする林道を進む。右手の観測小屋(プレートを見ると防災科研が設置した地殻活動観測装置=地震計らしい)を過ぎると、ようやく渓谷の中にも日が差し込んで、周囲の黄葉した山肌が照らし出される。大きな砂防堰堤(餅ヶ瀬川八号ダム)を過ぎてしばらく行くと、渓谷の上流を見渡せる個所がある。紅葉の時期には出遅れたと思っていたが、意外と良い色合いが残っていて、これなら中尾根も期待できそう。
右手の高台に観測小屋(雨量計らしい)を見、コウクラ沢に架かる橋を渡った地点の左が中尾根入口だ。昨年に来たばかりだから、記憶も新しい。
林間の明瞭な踏み跡を下って餅ヶ瀬川本流(砥草沢)に出、飛び石伝いに対岸に渡る。少し下流が沢登りの対象になっている押溜沢の出合だが、ここからは見えない。
すぐに中尾根の末端に取り付く。最初は露岩の多い痩せ尾根の上の明瞭な踏み跡を辿る。やがて広く急な斜面となり、疎らな樹林の間を落ち葉を踏んで一直線に急登する。前回は荷が重かったから、ここの登りはきつかった。今回は荷が軽いし、二度目ということもあって気楽に登れる。20分程で急斜面を登り切り、傾斜が緩んだ尾根の上に出る。
尾根を覆う樹林は黄葉し、所々に紅葉が混じる。深まる秋の気配を楽しみつつ、ほぼ一定斜度で高度を上げて行く。晴れてはいるが、尾根上は北風が吹き抜けて、かなり寒い。
途中、黒くて大きな獣が尾根から右斜面へ駆け下って行くのを目撃。クマだ!まあ、居るよね。カメラを取り出す間も無く逃げられて、黒くて艶々の毛並みの良さだけが記憶に残った。なお、今回は迂闊なことに熊鈴を家に忘れて来ている。
痩せ尾根を登ると烏帽子岩が現れる。その名のとおりの形の高さ5mくらいの岩だ。左から巻いて少し進んだ所のなだらかなピークが1495m標高点。この辺りから尾根上は針葉樹に覆われるが、左斜面には丈の低い笹原が広がり、明るい雰囲気の尾根歩きとなる。
樹林に囲まれて展望はなかなか得られないが、一部で樹林が切れて、小法師尾根や奥袈裟丸山が眺められる。奥袈裟丸山は中腹一面が見頃の紅葉、その上に懸崖を峙てて黒々とした稜線が連なり、素晴らしい山岳景観だ。
傾斜が増して、少し深くなった笹原を登る。1611m標高点を越えると尾根はなだらかとなり、小さなアップダウンが続く。周囲の樹林の中には、終盤だがまだなかなか良い彩りの紅葉が点在する。時折、木の間から見える後袈裟〜中袈裟の稜線は、近づくにつれて仰ぐ角度が大きくなり、圧迫感が高まってくる。今度こそ主稜線まで登れるだろうか。
いよいよ急坂に差し掛かって、枝尾根の上を一直線に登る。笹原の中に踏み跡がきれぎれに続く。左手に後袈裟丸山を垣間見る。後袈裟の絶壁もすごいが、その手前に見える、今、取り付いている中袈裟丸山の山腹の急角度さもかなりやばい。
スリップしないよう、足元に注意して急坂を登る。前回は重荷でよくここを登ったなあ。いや、結局、登れなかったのだが。そして、前回敗退地点に到達。少し右斜面に寄って、笹原の急斜面を登った所で崖に突き当たる。崖と言ってもかっちりした岩場ではなく、疎らに木立が生えて登れなくはないかも知れないが、行き詰まった場合は降りるのが困難で、それが怖いし、とにかくリスクが高い(一応、8mmロープは携帯している)。
前回の敗退後、中尾根を登ったその筋の方の記録を読み直したが、やはり、ここを直登しているようだ(かつては固定ロープがあったようだが、現在はない)。荷が軽ければ登れると思って取り付くが、やっぱり無理がある。うーむむむ。しかし、6月に登ったヤマレコのshige-pon氏の記録の写真に攻略のヒントがあった。右斜面をトラバースする微かな踏み跡があり、浅く急な窪に向かっている。この窪は敗退した際も気付いていたが、急で登れるようには見えなかったので踏み込まなかった。しかし、窪に入ってみると、実は笹原の中に急だが良く踏まれたステップが続く。
丈夫な笹の茎を摑んで、強引に体を引き上げて行く。右の枝尾根の踊り場に登り着いて、ホッと一息。登って来た笹斜面を見下ろすと、とんでもなく急だ。いずれにしても、前回は引き返して正解だった、と思う。ここから、さらに枝尾根上の笹原を登り、右上に続く笹斜面を詰め上がると、露岩のある枝尾根の上に登り着く。
露岩の向こうには中袈裟から奥袈裟に向かう主稜線が間近に見える。中尾根の難場はここで終了。ここからも岩場の登りが続くものの、傾斜が緩んで通常の難度だ。しかし、核心部を無事通過して緊張が解けたためか、疲労が表に出てきて脚が重い。
枝尾根の途中に赤テープが二重に巻かれた立木があり、崖を直登するとここが登りの終点になるようだ。シャクナゲ林を切り開いた道を登ると笹原に出て、袈裟丸山の縦走路に合流。ちょうど、奥袈裟に向かう単独行のお兄さんに遭遇して、挨拶を交わす。
シャクナゲと針葉樹に覆われた縦走路を緩く登って、山名標識のある中袈裟丸山の頂上に着く。ここに来るのは、1996年に袈裟丸連峰を縦走して以来、2回目。大昔なので、あまり記憶はない。頂上は樹林に囲まれて狭いが、東面が開けて眺めが良い。登って来た中尾根を俯瞰し、小法師尾根や庚申山、遠く男体山を望むことができる。
展望を楽しんでいると、本日2人目のハイカーさん(単独男性)が後袈裟方面から到着。標石の上に何やら目印を置いて撮影したのち、奥袈裟に向かわれた(後日、YAMAPにレポが上がっていた)。頂上でジッとしていると風が強くて寒い。ハイカーさんに続いて、私も奥袈裟に向かう。
中袈裟から笹原と針葉樹林に覆われた稜線をゆるゆると下る。下り着いた鞍部は平坦で、前回はここでテント泊するつもりだった。やや深い笹原の中の微かな踏み跡を登る。展望は乏しいが、ところどころから東面の展望が開け、餅ヶ瀬川の源流域や小法師尾根を俯瞰する。登り着いた平坦な小ピークは奥袈裟の南峰で、ここも展望はない。
さらに進むと奥袈裟の中央峰が梢越しに見える。一旦、鞍部に下る。鞍部の東面は急峻なルンゼ状になっている。
奥袈裟の中央峰も上は平坦で、頂上がどこか分かり難い。途中で、3人目のハイカーさん(男性単独)と交差。頂上はあと少しですよ、と励ましの挨拶を頂く。実際、正午を回って腹ペコで、今にも倒れそう。「袈裟丸山」の標識のある地点で、樹林の間の平地に腰をおろして昼食とする。なお、写真の標石は三角点標石ではない。中央峰の三角点標石はここには見当たらなく、どうも通り過ぎたようだ。
缶ビールを飲み、レトルト鯖味噌煮とカップ麺の坦々麺を食べる。寒いので、熱々の坦々麺がとてもうまい。この間、先行したハイカーさん二人が相次いで戻って来た。後袈裟から、この先の奥袈裟北峰(袈裟丸山最高点)までを往復する人が多いようだ。
のんびり昼食を終えて、中央峰を出発したのが13時ちょっと前。日没は17時だから、これは少し急がねば。北峰へは鞍部に小さく下る。樹林に隠れているが東側は絶壁で、眼下にこれから下る小法師尾根を俯瞰する。振り返ると中央峰の岩壁もなかなか凄い。
大きく膨らんだ花芽をたくさんつけて、来年が楽しみなシャクナゲの群れを登ると、袈裟丸山最高点に着く。低い樹林に囲まれるが、東に足尾の山々の眺めが開け、茫洋とした山容の横根山や、肉眼では遥か筑波山まで視認できる。振り返れば、深い樹林に包まれた奥袈裟中央峰、後袈裟、前袈裟のピークが折り重なって眺められる。
この先も稜線上に道が通じるが、歩く人が少なくなって踏み跡は不明瞭。シラビソなどの針葉樹林帯を下ると、稜線が広がって踏み跡も散逸しがちだ。1932m標高点のなだらかなピークを越え、広く緩い稜線を下る。時々踏み跡を外して、針葉樹林の幼樹の藪に突っ込む。笹原が広がると歩き易くなって、法師岳との鞍部に下り着く。大木の幹に「小法師尾根入口」の道標が打ち付けられている。古い道標で風情が感じられる。
ここから東へ浅い窪を下る。最初は道型がなく、一面、深い笹に覆われた斜面を足任せに下る。やがて踏み跡が現れて、笹原と針葉樹林の斜面を快適に下る。そのうちに尾根筋が明瞭になって、傾斜も緩む。
広くなだらかな尾根上の笹原の中の踏み跡を楽しく辿る。途中、樹林の切れ間から奥袈裟丸山を振り返って仰ぐ。もう陽が傾いて、東面の懸崖は日陰に入っているが、凄みのある景観だ。
1784m標高点のピークはいつの間にか通過。その東の小ピークからの下りは尾根が広がって、北の谷に引き込まれそうになる。日が傾いて、ルートを間違って彷徨う時間の余裕はない。GPSで現在位置を確認して進路を修正する。
行く手に、ダケカンバ林を透かして1690m標高点のピークを見出す。鞍部から笹原の短い坂を登る。今日、最後の登りを頑張って頂上に到着。「1690m」の標識があり、現在位置に間違いがないことがわかってホッとする(もう、登るのは限界^^;)。
少し休んで水を飲んだのち、南尾根に入って下る。丈の低い笹原と黄葉した樹林に覆われ、藪は全くなくて至極快適な下りだ。ところどころから袈裟丸山を仰ぐこともできる。
少し下って尾根が平らになったところで、僅かに右に進路を変えて下る。一段下って小さな瘤を通過すると笹原が深くなるが、問題ない。尾根筋は明瞭だが、漫然と歩いていると左の谷に引き込まれるので、要注意(^^;)。2回程、GPSで進路を修正する。
再び丈の低い笹原に入ると尾根の末端は近い。最後は右寄りの枝尾根を降りると、下に道型を発見。笹を摑んで急斜面を下り、道型に着く。これを左に辿ると、見覚えのある笹原に覆われた道型に出る。ここが餅ヶ瀬林道の破線路区間の終点だ。現在時刻は16:15で、日没まで40分の余裕がある。まずは安心だが、破線路は崩壊している個所があるので、日没前に実線区間まで行ければ、なお安心だ。
破線路は僅かに下りつつ、山腹をトラバースして続く。古い交通標識があるから、かつては車も通れたのだろうか。現在は落石に埋もれて荒廃し切っている。歩くのには支障はない。ガードレールが残る金山(きんざん)橋を過ぎると崩壊地が現れ、固定されたトラロープでバランスを取って通過。この後も崩壊地や岩石の押し出した個所が続く。
日没の5分前に破線路区間を抜けて幅広い道に出る。ここまで来ればもう大丈夫。路面も平らで歩き易い。日没時刻を過ぎ、中尾根入口を通過。17:20でとっぷり日が暮れて、ヘッドランプを点灯する。夜道を30分程歩いて、駐車地点に戻る。全行程12時間で、下山予定時刻を1時間オーバーしていた。一ヶ月振りの山歩きで、足が鈍っていたのにちょっとやり過ぎの山行だった。しかし、懸案のコースを踏破し、紅葉も意外と良くて、大満足だ。
車を走らせて帰途につくと、鹿が何頭もヘッドライトに照らし出されて逃げて行く。R122に出ると、桐生方面に向かう車が多い。そう言えば、日光の紅葉シーズンは何時頃だっけ。例年はそれに当たると、R122は大渋滞してニッチもサッチも行かなくなる。今日は渋滞という程ではなく、スイスイ進む。
途中、水沼♨に久しぶりに立ち寄る(600円、19時まで営業)。お客さんの数はそこそこ。ゆったり湯船に浸かって、冷えた体を温める。極楽〜。凝った脚の筋肉もよく解しておいたが、帰宅後の二日間、酷い筋肉痛に見舞われた。