次石山〜小倉城山
年末年始に軽い山歩きはしているものの、その次の三連休をインドアで過ごしたら、もう脚が鈍った感じがする。この週末は久しぶりに足尾山地の山に出かけようかな。ネット上で、低山ながらも面白いという山行記録が多い次石山を選んで、登ってきました。
次石山の読み仮名について。新ハイの記事では「つげしやま」としているが、地元では「つげいしやま」と呼んでいるらしい(山とんぼさんの「次石山」の記事より)。小倉城山は、山麓の町名の読みと点の記より「こぐらじょうやま」で間違いないと思う。
桐生を朝のんびり車で出発。高速を鹿沼ICで降り、ゴツゴツした古賀志山を眺めながらR121(例幣使街道)を北上。杉並木の途中で左折。行川(なめがわ)を渡って右に少し入った道端に「小倉城山登山道入口」の看板と案内図があり、2台分程の駐車スペースもあるので、ここに車を置く。今日はまず、次石山東麓の平野集落まで車道を歩き、次石山を東尾根から登り、小倉城山へ縦走・周回して、ここに戻ってくる予定である。
今日は快晴。風が少し冷たいので薄手のフリースを着て歩き出すが、1月にしては妙に暖かい。行川に沿って明るく開けた田園風景や、これから辿る次石山〜城山の稜線を眺めながら、のんびり歩く。車通りは少ないし、車道歩きも散歩気分で楽しい。しかし、河原には重機が入った最近の工事の跡が広がり、昨秋の台風で氾濫などの被害が出たようだ。
平野橋辺りまで来ると、それまで前衛の山に隠れていた次石山の頂が見えてくる。すぐ右の小ピークが東峰で、手前の東尾根の斜面は伐採されているのか、カヤトの色が広がっている。あの辺りを登るのかな。天気の良い日に、これから登る山を山麓から眺めるのは、低い山であっても楽しい気分になる。
平野橋を渡り、車道が左折する角から林道に入る。体が温まってきたのでフリースを脱ぎ、厚手の長袖シャツで歩く。すぐに未舗装道となり、小さな渓流に沿って登る。道は少しぬかるんで、新しい轍が残っている。ふと、右手の斜面を見ると、杉林の間に新旧の石祠が並んで建っている。
最初のY字の分岐は右の谷へ。地形図では破線路だが、車でも辛うじて通れそうな作業道が谷の奥へ延びている。右から小沢を合わせる地点で、305m標高点から南に落ちる枝尾根に取り付く(この地点は、ふみふみぃさんの記事の軌跡入り地図で良く把握できた)。
最初は低い尾根だが、登るに連れて尾根の形がはっきりしてくる。常緑のヒサカキ?の木が多い。藪はなく、微かな踏み跡もあって歩き易い。登り着いた東尾根の305m標高点は檜林に覆われて展望なし。ここから小倉城山の手前まで、日光・鹿沼市境を辿る。
左へ市境の尾根を登る。引き続き藪はなく、歩き易い。傾斜が増すと、やがてネットの山行記録の写真でも見た大岩、というか、かなり高い崖に突き当たる。
大岩は右を巻き、急斜面をよじ登って尾根に復帰する。大岩の岩頭に立ち寄ってみると、足元がすっぱり切れ落ちた岩場となり、山麓の行川沿いの田園の向こうに古賀志山、その右には鍋を伏せたような多気山(たげさん)を望む。
岩頭からさらに尾根を登ると、左斜面が山麓からも見えたカヤト原となって、眺めが開ける。尾根上には岩場が現れるが、登るのは簡単だ。振り返って古賀志山を眺めると、(写真には写っていないが)頂上付近の空に藪蚊のような小さな点が多数見える。何かと思って良く目を凝らしたら、パラグライダーであった。
次石山の南の稜線も眺められ、左奥に御嶽山が見える。御嶽山は頂に大きな石祠が祀られた信仰の山だそうで、あちらから次石山に登るルートにも興味があるが、今回は割愛。
さらに岩稜を攀じ登ると、赤松に囲まれた小平地の頂に登り着く。ここが次石山の東峰だ。小平地の中央には立派な石祠が祀られ、周囲には梵天の竹竿が残っている。
東峰は赤松に囲まれているが、三方に眺めが開ける場所がある。東は岩場の上から古賀志山と多気山の眺めが良い。北は一段下がった岩場の上から、これから辿る市境稜線と、その先の小倉城山が見通せる。
そして西側は断崖となり、間近に次石山の頂を見上げる。恐々と崖っぷちに近づいて下を覗き込むと、スッパリと切れ落ちて、凄い高さだ。次石山との鞍部へは、岩稜がガクガクと急角度に落ちて、一見、下れそうに見えない。途中には鉛筆のような岩塔が突き出している。あれがお烏帽子岩(通称、次石観音岩。新ハイの記事では、おしぼし岩)だ。
東峰からは、南から巻いて次石山の鞍部に出たネットの山行記録が頭にあったので、南面へ下る踏み跡を見つけて下ってみる。やがて踏み跡は消えるが、岩壁の基部の急斜面を斜めに下って、何とか鞍部に行けそうだ。
鞍部に着く直前、次石山の方から人声が聞こえて来た。ハイカーさんがこちらに降りて来ているようだ。鞍部から東峰への岩稜を見上げると、岩壁に大きな鎖が架かっている。あっちが正規ルートでしたか(^^;)。これは探査して、東峰に登り返さないといけないな。ハイカーさんも急な岩場を降りて、鞍部に到着。挨拶を交わす。かなり山慣れた感じの男女三人パーティだ(後日、ヤマレコのosarusandaiさんとわかる)。
鞍部から戻って、鎖場に取り付く。丸く大きな輪が繋がった鎖で、末端の錆びた銘板には「明治十年」の文字が辛うじて読み取れる。ほとんど垂直な鎖場で足場の間隔が長く、無理やり足を上げたら脹脛が攣りかけた。鎖の輪っかに靴先を入れて登る。こんな鎖場の登り方は石鎚山でもやったなあ、と思い出す。
鎖場を登り切った所は、お烏帽子岩の基部だ。岩の根元はポッキリ折れそうな程、抉れて細い。側には梵天の竹竿が纏めて立て掛けられている。展望の良い岩棚を通り、岩場を縫うような踏み跡を辿って、再び東峰の頂に着く。時刻は既に正午に近いので、ここで昼食にしよう。風を避けて北面が見える岩場に陣取り、鍋焼きうどんを作って食べる。三人パーティさんも山頂で昼食にしている。
昼食後、今度は岩稜通しで下る。垂直な鎖場を上から見下ろすとますます恐ろし気だが、2度目なので難なく通過。鞍部から次石山への登りも大きな岩場だ。ここも一見、恐ろし気だが、先程、三人パーティさんがロープなしで降りてきているのを見ているので、登れないはずがない。正面からグイグイ直登する。
岩場の上に出て振り返ると、東峰の威圧的は岩壁の前に、お烏帽子岩がニョッキリと突き立っていて、観音様に見立てたのもうなづける。それにしても、標高500mに満たない低山にこんな険しい岩場が秘められているとは、侮れない。
尾根筋を急登し、次の小さな岩場は右から躱す。東峰を振り返ると、背後に古賀志山が迫り上がって来て見える。さらに岩場が現れ、これを登り切ると次石山の頂上に着く。
頂上は檜林に囲まれた小平地で、展望はない。三角点標石と山名標識がある他、頂上の一角に石祠がある。祠の銘は昭和八年四月吉日と比較的新しい。古く壊れた石祠もあるので建て直されたのだろう。今日の山行の核心部は過ぎたので、一息入れてのんびりする。
ここから北の小倉城山へは、低山らしい雰囲気の尾根歩きとなる。ヒサカキが混じる檜林の尾根を緩く下り、登り返して小さな岩場を越えると小ピークに着く。
小ピークから斜め左に下って行く。この辺りは、よくネット上の山行記録で尾根上のルートから間違って外れてしまった話を読む地点だ。道なりに進むと稜線から外れて東側に下ってしまうので、左折のポイントを見逃さないように注意。しばらく、なだらかな尾根歩きが続く。
小さなアップダウンをこなし、雑木林に入って登ると、雷電山に着く。西麓を向いた石祠があり、檜の幹には「SHCカワスミ雷電山」の半分壊れた山名標識が掛かっている。
雷電山を過ぎると小さな岩場の上に出て、明瞭な踏み跡で下る。大岩を過ぎ、稜線を左折。行く手には木の間越しに紅白鉄塔が見える。尾根を下り、右側がちょっと切れ落ちた岩稜を通過する。
やがて、左から上がって来た送電線巡視路と合流。「←261南いわき幹線」のプラ標柱が建つ。ここからプラ階段の尾根道を辿ると、左斜面に巨大な紅白鉄塔を見る。鉄塔の股越しに見える端正な三角形の山容は笹目倉山かな。巡視路から外れて、程なく「SHCカワスミ与松山」の山名標識のある小ピークに着く。ここも展望のない地味〜な頂だ。
与松山の先も小さなアップダウンと、所々に露岩のある尾根を進む。木立を透かして右に曲がって続く山並みが見え、あの先が小倉城山だろう。細尾根を過ぎ、檜とヒサカキのなだらかな尾根を辿ると、「SHCカワスミ与松山」の山名標識のある平坦なピークに着く。
ルートはここで右に折れる。檜林の尾根を進むと、尾根を横断して掘り窪めた堀切跡が現れる。さらにベンチが置かれた平坦地を過ぎると、「八方館」の道標が建つ。ここは小倉城の一角だそうだ。
ここからは小倉城山の遊歩道となるが、あまり歩かれていないのか、道型が判然としない所がある。「←板荷」の道標を見るが、そちらへ下る道は怪しい。小ピークを右から巻き、幅広い尾根を緩く登ると、三角点標石と2基の石祠のある小倉城山の頂上に着く。
ここにある「小倉城山」の説明板によると、小倉城は天文年間(1532〜1555)、日光山の桜本坊方印昌安の築城と伝えられているとのこと。頂上にもベンチがあるが、少し先の堀切で隔てられた円形の広場にもベンチがあるので、そちらで小休止。あとは駐車地点まで下るだけだ。ブロックチョコを食べて小腹を満たし、さて下山にかかるとしますか。
広場の端から、急斜面に丁寧に切られたジグザグ道を下る。木立を透かして山麓の行川沿いの田畑を見下ろし、向こうには古賀志山を望む。昔の人は、良くこんな高所に根城を築いたものだ。やがて傾斜が緩むと「←登山口 城山頂上→」の道標とベンチがあり、ここで尾根上から離れて左斜面を下る。
間伐された檜植林を下り、防獣ネットの出入口を開閉して通過。駐車地点に帰り着く。いやー、面白かったな。期待していた以上に、次石山の岩場は険しかった。次石山〜小倉城山の尾根歩きも、いかにも足尾山地の歩きという地味な雰囲気だが、それもまた良い。
帰りは、久しぶりに鹿沼♨華ゆらり(550円)に立ち寄って入浴する。広い駐車場は満杯だが、浴室はそう混んでいなくて、湯船にゆったり浸かる。気分良く温まったのち、鹿沼ICから高速に乗って桐生への帰途についた。
参考ガイド・URL:新ハイキング No.618(2007年4月)「次石山―城山」、オッサンの山旅「次石山」の記事。