三峰山・奥沢峠

2013年1月6日(日)
天気:
メンバー:M,T

今回訪ねる三峰山は、桐生市ことがら事典に「黒保根町上田沢にある」と記載されている山である。事典の記述だけでは詳しい位置が不明なので、先月、場所を推測して実地に登ってみた。しかし、下山後に地元の方に話を伺ったところ、この推測は外れ。三峰山と思って登った山は実は東山と呼ばれており、三峰山は栗生山の南にある別の山とのことであった。そこで、改めて三峰山に登るべく、Mさんと共に出かけて来ました。

三峰山
行程:中組バス停 9:25 …三郎兵地蔵 9:30 …三峰山(628m) 10:05 …中組バス停 10:40
ルート地図 GPSのログ(往路:赤、復路:青)を地理院地図に重ねて表示します。

三峰山については「中組に行って尋ねれば分かる」と聞いていたので、まず中組の集落に向かう。集落の中程に本宿〜上田沢線の中組バス停があり、その隣には庚申塔等の石碑が集められた一角がある。雰囲気からして、三峰山の登り口はここだろう。

車を停めて出発の支度をしていると、折よく一人のおじいさんが道の向こうから歩いて来た。三峰山の登路を尋ねると、ここから入って登ると教えて頂く。その上、ご自宅に招じられて、居間の炬燵でお茶を頂きながら、より詳しい話を伺うことができた。それによると、谷間を登って堰堤を過ぎると大杉があり、さらに道を辿って頂上に登れる、とのこと。その他の話もなかなか尽きず、最後には焼酎まで出てきそうな勢いだったが、それはさすがに帰れなくなるので、お礼を言って辞す。それにしても、上田沢の人は親切だ。

登り口から山に入ってすぐの右手に、石塔や石仏が集まった一角がある。一際背の高い端正な石仏は、三郎兵地蔵(延命地蔵菩薩)という。説明板によると、名主松島三郎兵衛が父母追善供養のため元禄二(1689)年に造立したもので、高さは2.4mあるとのこと。

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三峰山の登り口

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三郎兵地蔵

作業道を辿って、奇麗に枝打ちされて高く育った杉林の中を歩く。谷止工の堰堤を過ぎ、この辺りに大杉があるはずだが、見当たらない。山腹を巻き気味に登っていくと作業道は終点となり、そこから稜線に向かって杉林の急斜面を登る。

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杉林の中の作業道を登る

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稜線に向かって急登

登り着いた稜線の上には、ぽっかりと深い一つの穴が開いている。何かの鉱山の跡だろうか。稜線を右に辿って少し登ると、三峰山の頂上に着く。樹林に囲まれて展望はなく、木の間を透かして栗生山が見える程度だ。頂上には一基の石祠があり、安永八己亥(1779)十一月吉日と刻まれている。

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明るい稜線を登る

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三峰山頂上の石祠

頂上からは南東の尾根を下る。冬枯れの雑木林の明るい尾根で、左側には上田沢の集落を見おろし、前回登った東山も見える。尾根通しに真っ直ぐ下って杉林を抜けると少し藪っぽくなるが、最後は三郎兵地蔵の裏手に降り着く。

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南東の尾根を下る

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木の間越しに三峰山を望む

車に戻ったところ、もう一人、地元の方に話を伺うことができた。見つけられなかった大杉について、訪ねたのはかなり昔だが、あったとのこと。堰堤の先の窪に格段に太い大杉があったらしい。この情報を得て、再度探しに行ってみたが、発見できなかった。謎だ。枯れて倒れてしまったのかも知れない。

まだ午前中なので、もうひと歩き。Mさんの発案で、近くにある未踏の峠道を探索することにする。昨年秋に田沢奥山〜中野山〜五覧田城址を縦走したとき、中野山の北の稜線上で石祠を見た。Mさんが持っている古い地形図には、この石祠を通って田沢と小中を結ぶ破線路が描かれているが、現在の地形図には記載されていない。この峠道(峠名は後で奥沢峠と判明)が今はどうなっているか、探りに行きました。

奥沢峠
行程:駐車地点 11:40 …奥沢峠・石祠 12:20 …峠道下り口 14:00 …駐車地点 14:30
ルート地図 GPSのログ(往路:赤、復路:青)を地理院地図に重ねて表示します。

車で沢入川の奥まで移動する。途中にもイボ石など気になるスポットがたくさんあるが、後日、じっくり見に来ることにしよう。

林道の分岐点の広くなった所に車を置いて、沢沿いの林道に入る。梨ノ木泊橋を渡り、堰堤の手前で右から出合う沢が峠道の登り口らしい。とは言っても、道型は全く残っていない。沢の中の台座の上に「寛政…四月…村中」と刻まれた石祠が祀られている。沢の上流を向いていて向きが変なので、本来は別の場所にあったものかも知れない。

この沢をしばらく遡る。落ち葉がふかふかに積もっており、その下にわずかだが水流があるので歩きにくい。右岸の山腹にぽっかりと開いた穴があるので、登って覗いてみる。かなり深い横穴が開いている。これはマンガン鉱の採掘跡らしい。

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奥沢峠の登り口の沢

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マンガン鉱の採掘跡

横穴の少し先の右岸の山腹が比較的登り易そうな杉林の斜面なので、ここを稜線に向かって登ることにする。登り易いとは言え、かなりの急傾斜となり、最後は四つん這いに近くなって旧村界尾根の上に登り着く。

着いたところはドンピシャ、石祠の場所だ。前回は陽の加減で年号が読めなかったのだが、今回は「明和八(1771)年卯四月吉日」と読める。反対側には「上田沢村沢入中」と刻まれている。

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杉林の急斜面を登る

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奥沢峠の石祠

この石祠から、小中側へ下る峠道を探して稜線上をうろうろしたのだが、それらしい道型は発見できない。小ピークの風当たりの少ない日溜まりで昼食とする。Mさんは野菜入りラーメン、私は定番の鍋焼きうどんを食べる。

昼食地点のピークから東へ落ちる枝尾根を下ってみた。疎らな雑木林で歩き易いが、道型はない。林道に突き当たって擁壁の上に出たので、引き返す。

小中側の峠道は見つからなかったので、次は田沢側の峠道を探索する。石祠の少し南の稜線上から田沢側に下る道型を見つけた(入口の木に黄色テープを巻いた)。下り始めは道型が比較的はっきりしているが、杉林の斜面の途中で不明となる。杉林の中を下ると、登りと同じ沢の上流に着いた。すぐ上に林道が通っているのが見える。落ち葉に埋もれた沢を下って、石祠のある登り口に戻った。

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旧峠道の下り口

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ジグザグに下る道型を辿る

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落ち葉に埋もれた沢を下る

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田沢小中トンネル(小中側)

車に戻ったところで、犬の散歩中の地元のおじさんに会う。この峠について話を伺うと、奥沢峠という名前だそうだ。阿久沢の集落へ越えるので阿久沢峠と呼ぶのかと思っていた。三峰山の登り口で会ったおじいさんも阿久沢峠と呼んでいたが、「あ」と「お」の音しか違わないので、どうも聞き間違えたらしい。

帰りは林道を走って小中に抜ける。林道は奥沢峠をトンネルで抜けている。なので、前回旧村界尾根を縦走しても、田沢〜小中を結ぶ林道があるとは気づかない訳である。この林道は田沢小中線と言い、トンネルは田沢小中トンネルと言う。全線の完成はつい最近で、まだ正式には開通していない(通行は自己責任で)。トンネルを抜け、林道からの意外と良い展望を楽しんだ後、小中を経て桐生に帰った。

参考URL:やまの町桐生「中野山北峰」。


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