上ノ倉山〜大黒山
上越国境稜線上の上ノ倉山(2108m)は、忠次郎山(2084m)、大黒山(2066m)と共に2000m級の稜線を南北に連ねた一山塊を成している。上州側は白砂川、越後側は清津川という二つの大渓谷の源流域にあり、登山道のない広大な空白域の中央に位置する秘峰で、容易には登れない。それだけに、私にとっては憧れの山であった。
上ノ倉山の山行記録をネットで調べると、残雪期に湯沢町の三国スキー場から稜線を辿って登ったものがいくつかある。登るならこのルートかな、と考えていたら、2005年3月末に三国スキー場が廃業となってしまった。それまでは、三国スキー場まで車で乗り入れることができたのだが、アクセス道路のR353の除雪も廃止されたために、浅貝から片道1時間の歩程が加わって、ますます遠い山となってしまった。
そんなこともあって、登るきっかけがなかなか得られないでいたのだが、このGWの最初の2日間は絶好の天気との予報、この好機を逃す訳にはいかないでしょう。所要時間を見積もると、登り8時間、下り5時間半の長丁場で、日帰りできるか際どいところなので、日程に余裕を持たせ、1泊2日のテント泊山行で出かけて来ました。
桐生を夜中の3時に車で発ち、関越道とR17三国峠を経由して浅貝へ。苗場スキー場前からR353に入ると、湯之沢を渡ったすぐ先で除雪終点となる。ここにはプレハブ小屋(某ホテルのゴミ処理場)があり、駐車すると作業の邪魔になりそうだ。少し戻って橋の手前の道端に車を置く。都合良く1台分のスペースがあるが、特に除雪されるはずもないから、自然に雪が消えるまでは駐車は不可だろう。
雪山装備はどうしようか。周囲の残雪の状態をうかがって考えた末に、アイゼンとピッケルは車に残し、ワカンとストックを携行することにする。今日と明日は気温がかなり上がるとの予報なので、稜線上でも雪は柔らかく、アイゼンがなくても大丈夫だろう。ピッケルはともかくアイゼン(12本爪)はくそ重いので、テント泊の荷物一式に加えて持つと、最近のなまった体力ではへばりかねない。
雪解け水をドウドウと押し流す湯之沢を渡り、除雪終点から断続的に雪が残るR353を辿る。国道なのに除雪されず放置とは酷い扱いだが、三国スキー場で行き止まり(上越国境を越えて四万川ダムに至る区間は未開通)になっている上、スキー場廃業後は全く無人の地域なので、致し方のないところだ。
路上の雪は最初はきれぎれで、路面を雪解け水がザアザアと流れている個所もあったが、奥に入るにつれて雪が連続するようになる。雪面には、古いスキーの跡の他に、新しい靴跡が付けられている。先行者がいるのかな。
左の山腹にちょうちん岩の奇岩を見ると、三国スキー場のかつてのベースに着く。リフト等の施設は完全に撤去され、広大な駐車場とバーンが残っているだけだ。雲一つない青空の下、一面の雪で覆われたバーンを登る。陽射しが強くて暑く、Tシャツ1枚で丁度いい。バーンは幅・長さ・斜度とも結構あり、スキーで滑ったら面白そうだ。振り返ると谷川連峰が眺められ、景色もいい。これは営業している内に、一度滑りに来るんだったなあ。
黒木に覆われた急峻なピークを右上高くに仰ぎ見ながらバーンを登ると、枝尾根上の小鞍部に着く。ここがかつてのスキー場のトップだ。一休みしたのち、右へ枝尾根を登る。先行者の足跡もずっと続いている。
樹林が疎らに生えた枝尾根を登り、西沢ノ頭に続く稜線の直下に着く。最後に斜面をトラバースして稜線に上がる所で、ほんの数mの距離なのだが、雪面がつるつるに凍っていて、往生する。アイゼンを持って来なかったのは失敗か。しかし、ここはワカン(爪付き)を履き、慎重に通過して乗り切る。
稜線上の雪は柔らかくて問題ない。西沢ノ頭に向かって登ると、頂上直下で針葉樹の幼樹の藪に突き当たる。残雪を辿って左に回り込むが、やはりの藪に突入せざるを得ないようだ。密藪を漕ぐこと数mで、帯状に雪が残る頂上に飛び出た。
頂上からは、それまで西沢ノ頭に遮られて見えなかった上越国境稜線の展望が一気に開ける。いくつかのピークを連ね、蛇行して緩やかに続く雪稜の彼方に、大黒山、上ノ倉山、忠次郎山の峰々が白く輝く。そのさらに奥には上ノ間山や白砂山も見え、素晴らしい山岳景観だ。次のピークの上に先行者が小さな点となり、ゆっくり移動しているのが見えた。
西沢ノ頭からの下りは、再び密藪に突入する。今度はちょっと距離が長い。無雪期の縦走者が残した古いビニル紐のマーキングを辿ると微かな踏み跡がある。重力に任せて藪を突破、雪の上に出てヤレヤレ。無雪期はこの藪漕ぎが延々続く訳で、トンデモナイ代物だ。
緩やかな稜線上の残雪を快適に下り、登り返した次のピークで筍山に続く稜線を右(北)に分ける。こちらの稜線も比較的緩やかで、苗場スキー場の中が通行可能ならば、残雪期のルートとして良いかも知れない。
ここから次のピークの1852m標高点までの間でも、ところどころで残雪が切れて藪が現われる。しかし、背丈の低い笹原なので、西沢ノ頭の密藪に較べれば遥かにましだ。出発から4時間が経過し、さすがに疲れて来た。急坂に差し掛かるとザックが重く感じられるが、残雪を一歩一歩ゆっくり登って、1852m標高点の頂上に着いた。
頂上では先行の方が休んでいて、挨拶を交す。やはり上ノ倉山を目指しているとのこと。この先、笹藪が結構出ているのでどうしようかな、とおっしゃっていたが、取り敢えずセバトノ頭までは、ということで先に進んで行った。
私もここで小休止。良く晴れて風もなく、相変わらずTシャツ1枚でも全く寒くない。喉が渇いて、500mlペットボトルのポカリがなくなりそうだ。雪を少し口に含んで、喉を潤す。
1852m標高点からの稜線は笹藪が出ている区間が多くなるが、細い尾根上に微かな踏み跡が続き、この辺りは無雪期でも歩けそうな感じではある。広々とした雪原に出て、稲包山からの上越国境稜線と合流する。南面は四万川源流域で、緩やかな谷間の底には土砂混じりのデブリが堆積している。気温上昇で雪解けが急速に進んでいるようだ。
稜線を緩く登ると、やがて針葉樹林の中に入る。セバトノ頭は黒木に覆われた平坦なピークで、どこが頂上か判らないうちに過ぎる。見通しの効かない樹林帯を、方角を確認しながら緩く下ると、樹林が空いて開けた平地に出て、先行の方が休んでいた。この辺りがムジナ平で、目の前には屛風を立てた様に上ノ倉山が聳え、素晴らしい眺めだ。
先行の方は大柄で、私より一回り年配の山のベテランという感じの人だ。話をしているうちに思い当たることがあって「かしぐねさんではないですか」と尋ねると、やはりそうであった。これはビックリだ。私も「あにねこです」と名乗ると、かしぐねさんも驚いていた。かしぐねさんは、群馬の山はマイナーな山までほとんど登っている先駆者で、HPの記録は何度も参考にさせて頂いている。メールのやり取りはさせて頂いたことはあるが、お会いするのは初めて。こんな所で会うなんて、と二人で奇遇に驚いて喜ぶ。
(かしぐねさんの今回の記事はこちら → 四季の山紀行通信「大黒ノ頭・上ノ倉山」)
かしぐねさんは日帰りとのことなので、不要な荷物をデポして先に登っていった。私はここにテントを張ることにして、まずは昼食。ストーブでお湯を沸かしてスープを作り、パンを食べる。エネルギーを補給して一休みしたら、登る元気が出て来た。今日はこれ以上無い程の好天なので、今日の内に上ノ倉山に登っておく方が良いだろう。テントを設営し、不要な荷物を放り込んで、ほとんど空身で出発する。
ムジナ平から、まず大黒ノ頭に登る。この登りは下から見ると登れるのか、ちょっと不安になるくらい急な雪の斜面だ。しかし、取り付くと雪は柔らかいし、かしぐねさんのトレースを追って行けば良いので、案ずるほどではない。少しやっかいなのは、雪が落ちて笹原が出た個所だ。左側は白砂川源流で、上ノ倉山に向かって急傾斜で突き上げている。離れた所で崩れた雪が谷底へドンと音を立てて落ち、ギクッとした。
大黒ノ頭に登り着き、一段高い所から歩いて来た稜線を見おろす。今日は随分歩いたなあ。上ノ倉山は隣りのピークで、もう少しの距離だ。
雪庇が張り出した痩せ尾根を、ところどころで樹林側に巻いて進む。途中で、頂上から帰って来たかしぐねさんと交差する。上ノ倉山の先の最高地点まで往復したとのこと。互いの山行の無事と、またどこかの山で再会することを祈って別れる。
やがて広い雪稜となり、上ノ倉山の頂上に登り着いた。三角点標石はもちろん厚い雪の下で、立ち木に小型山名標が付けられているだけだ。実はさらに一つ先のピークの方がここよりも20m程高く、実際に見ても明らかに高い。これはやはり、最高地点も踏まなければなるまいて。
最高地点へは緩い登りがあるだけなのだが、駐車地点から歩き出して8時間になろうとしており、足取りが重い。最高地点は平坦で山名標の類は何もないが、上ノ倉山頂上では得られなかった忠次郎山や上ノ間山、白砂山、岩菅山、佐武流山、鳥甲山などの展望が得られたので、登った甲斐は大いにあった。大展望を楽しんで、のんびり休む。惜しむらくは、缶ビールがない(^^;)。今回の行程では、ビールを持ち上げる余裕はさすがになかった。
ここから忠次郎山までは距離は短いが、標高差約100mを下って、70m登り返すので、疲れた身には応えそう。もう一山、立ち寄るとしたら、大黒山の方が楽そうだ。そう考えて、今回は忠次郎山は割愛することにする。
往路を大黒ノ頭まで戻り、大黒山へ向かう。こちらは雪がたっぷり付いた緩い稜線で、眺望を楽しみながら鞍部まで快適に下る。
鞍部から疎らな針葉樹林の中をゆるゆると登り返し、最後に樹林に覆われた小さな瘤に登る。山名標などの目印は全くないが、ここが大黒山の頂上だろう。眺めは樹林の切れ間から苗場山が大きく望めるだけだ。しかし、大黒山は国境稜線から外れ、縦走の途中に立ち寄る登山者も稀だろうから、秘峰中の秘峰と言える。登頂できて大満足だ。
大黒ノ頭に戻り、頂上稜線からの最後の展望をゆっくり楽しんだのち、ムジナ平に下る。
テントに戻り、早速、ウィスキーのオン・ザ・残雪で祝杯を上げる。テントの前にウレタンマットを敷いて腰を下ろし、雪山を眺めながら飲む酒は格別に美味い。16時を回ってもまだ暑く、Tシャツ1枚で過ごす。こんな天気に恵まれることは、かなりの幸運だろう。
陽が頂上稜線の向こうに落ちるとさすがに寒くなり、長袖を着る。それから夕食に餅入りワンタンを作って食べる。夜中に喉が渇いたときのために、雪を余分に融かしてペットボトルに水を満たす。18時にシュラフに潜り込むと、疲れと酔いで直ぐに眠りに入った。
0時に一度目が覚め、次に起きたのは夜明け前の4時40分だった。いやー、良く寝た。テントの外に出て、上ノ倉山がうっすらと朝焼けするのを眺める。上空に薄い雲が出ているが、今日も良い天気だ。陽が昇るのを待ち、お湯を沸かしてカップスープを作り、パンを食べる。今日は下山するだけの気楽な行程だ。テントを畳んでパッキングし、昨日より少し軽くなったザックを背負って出発する。
セバトノ頭を越え、広い雪原を下る。正面にはコシキノ頭が犬歯のような鋭いピークを見せている。あの辺りの山は、もうほとんど雪がない。
1852m標高点に着いたところで一休み。行く手には西沢ノ頭が黒々とした頂きを見せている。あの藪の登りだけは嫌だな。1852m標高点からの下りは雪の坂道で、ガンガン下れて楽しい。登り返したピークでまた一休みして、藪漕ぎに備える。
西沢ノ頭への藪(というか密林)漕ぎはやはり苦労。重力に逆らっての藪漕ぎは嫌になる。頂上に辿り着いて、ペットボトルの水を飲み干す。再び短い藪漕ぎで残雪の上に出れば、あとは下るだけだ。
往路で凍っていた個所は、この時間にはもうグサグサの雪で無問題。スキー場のトップに着いて、木陰でまた休憩。今日も昨日並みに暑い。スキー場の中は、スキーで滑れば最高だが、つぼ足でも充分楽で早い。R353に降り着き、雪に覆われた車道を歩く。途中の沢で飲んだ水がキンキンに冷たくて生き返る。車に無事到着して荷物を降ろすと、肩が一気に楽になった。
帰りは猿ヶ京のまんてん星の湯に立ち寄る。腕が日焼けして、湯船に浸けるとヒリヒリしみる。が、それが雪山に登った実感となり、意外といい思い出があったりする。汗をさっぱり流したあと、食堂に入って上州麦豚とんかつ定食を注文。山中では軽量化のため粗食だったし、カロリーも消費しているので、やたらと美味くて感動する。やはり空腹は最高のソースだね。温泉と美味い物で充実した山行を締めくくり、桐生に帰った。