石尊山・崇台山・神成山

2011年12月31日(土)〜2012年1月2日(月)
メンバー:S,S,T

毎年恒例、正月の温泉&山歩き。2012年は磯部温泉の磯部ガーデンに宿泊し、安中と富岡の3つの山に登って来ました。いずれもごく軽い行程の里山ですが、穏やかな天候に恵まれて、日溜まりハイキングを楽しんで来ました。

12月31日
天気:
行程:安中榛名駅 12:05 …赤穂四十七義士石像 12:45〜12:50 …石尊山(571m) 13:40〜14:15 …安中榛名駅 14:55
ルート地図 GPSのログを地理院地図に重ねて表示します。

桐生を車で発ち、安中榛名駅で11:47着の新幹線に乗って来たS&Sと合流する。今日はここを起点にして、石尊山に登る予定だ。駅舎内の観光案内所で石尊山のハイキングマップを貰い、駅前の広い駐車場(無料)に車を置いて出発する。安中榛名駅開業後数十年が経過しているが、駅前は相変わらずがらんとした空き地で、少し先の交差点にデイリーヤマザキがあるだけだ。その向こうの住宅地は、街らしい良い街になって来ているのだが。。。

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安中榛名駅と石尊山

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長岩跨線橋を渡って車道を歩く

交差点を左折し、駅前の空き地の周囲をぐるっと回って、跨線橋で新幹線の線路を越える。少々急な坂道を上がり、長岩の集落に入る。南向きの緩斜面に民家が寄り集まって、のどかな景観だ。

途中で脇道に入って、赤穂四十七義士石像に立ち寄る。道標に従って右に分れる道に入ると、薄暗い森の中を進む山道となる。少々荒れ気味。やがて右から上がって来る車道と合流する。ここには駐車場がある。良く整備された山道を5分程歩くと岩壁があり、その基部に石像が祀られているが、新しい物で義士石像ではない。

義士石像は、さらに100m程奥に進んだ所にあり、岩壁の窪みに多数の石像が並べて祀られている。説明板によると、赤穂藩士片岡源五右衛門高房に下男として仕えていた元助(下秋間の出身)が、浅野内匠頭夫妻と四十七義士の供養のため、20余年の歳月をかけて建立したものとのこと。四十七義士と共に元助の忠義心も賞賛されているようだ。それはともかく、岩壁が想像していたよりも大きくて、迫力がある景勝スポットだ。

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赤穂四十七義士石像への道

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赤穂四十七義士石像

寄り道から戻って、さらに車道を上がる。坂をひと登りすると、山上の緩斜面に民家が建ち並ぶ上長岩の集落がある。この緩斜面は地滑りが成因の地形ではないかと思う。集落の上には雑木林に覆われた稜線が延び、石尊山へ繋がっている。車道を辿ると石尊山の登り口に着き、「石尊山遊歩道」の道標が立つ。

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上長岩の集落

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石尊山登り口

登り口からは、階段が付けられた急坂が頂上まで続いている。途中には水盤や石祠、不動明王像、石灯籠等があり、古くからの参道のようだ。

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階段を登る

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不動明王像と石灯籠

登り口から約15分で石尊山の頂上に到着する。頂上はヒノキ林に覆われて薄暗いが、林の中に大小10基以上の石祠が並んでいて壮観だ。石祠はいくつかのグループに分れていて、台座が高く大きな石祠と、両脇に控える低く小さな石祠が一つのグループを成しているようだ。石祠の回りには鎖の柵が巡らされ、地元から大事にされている様子が窺える。

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頂上まであとわずか

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石祠が立ち並ぶ石尊山頂上

頂上の南側だけヒノキ林が切り開かれていて、展望が得られる、麓には安中榛名駅も見えるし、遠くには御荷鉾山の連山も望める。ベンチが置かれていて、タイミング良く日溜まりになっており、休憩にもってこいだ。ここで昼食にしましょ。既に14時近くになり、腹減った。お湯を沸かしてカップスープを作り、パンを食べる。

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展望が良い頂上ベンチ

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麓の安中榛名駅を望む

昼食を終えて頂上から下る。なお、群馬300山では、石尊山から東西に延びる稜線上を歩くコースが紹介されているが、最近では歩く人が少ないのか、頂上でささっと偵察した限りはどちら側の稜線も笹に覆われて、かなり藪っぽそうだった。

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往路を下山

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駅への近道に入る

石尊山の石祠群と好展望で思いの他満足したので、西隣りの戸谷山は今回は割愛。車道を東へ戻って、駅への近道となるコンクリの簡易舗装道に入る。小さな蕾を付けた梅林を通り抜け、荒れた畑の広がる浅い谷間を緩く下ると、安中榛名駅は近い。駅北側の駐車場からガード下の自由通路を通って、南側の駅前に出た。

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耕作地跡を下る

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安中榛名駅に到着

安中榛名駅から磯部温泉へは車ですぐだ。磯部温泉は、恵みの湯に日帰り入浴したことはあるが、宿泊は初めて。町中にある温泉だが、環境は静かだ。5階の客室からは碓氷川の流れや浅間山、妙義山が一望でき、なかなか眺めが良い。早速、に浸かる。山歩きの後に温泉に入るのは久し振り。夕食のご馳走を食べ、ビールと日本酒を飲んで布団でちょっと横になったら、そのまま気分良く寝入ってしまい、いつの間にか年を越す。うーむ、去年と同じパターンだ(^^;)

1月1日
天気:
行程:登山口 12:20 …崇台山(299m) 12:45〜13:15 …長岳寺 13:50 …登山口 14:05
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明けて新年。元旦も晴れて穏やかな天気だ。今日は、群馬百名山の一つ、崇台山に登る予定だが、その前に正月と言えば初詣。富岡市の一之宮貫前(ぬきさき)神社に立ち寄る。

臨時駐車場に車を置き、大勢の参拝客とともに大鳥居を潜って丘に上がる。門前には屋台が立ち並び、大賑わいだ。総門を潜り、石段を「下る」と拝殿と本殿がある。一度登ってから下ってお参りする点が珍しい。お賽銭を上げて拝礼し、だるまが当たるお神籤を引いて、大吉を得る。今年は良いことがあるといいな。

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貫前神社総門

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本殿へは石段を下る

初詣の次は、世界遺産登録を目指して今年は元旦も公開中という富岡製糸場を訪問する。富岡の中心街を少し過ぎた辺りで細い路地に入ると、製糸場の正門に着く。駐車場は中にはないそうなので、製糸場の敷地を半周したところに車を置く。駐車場のもうちょっと判り易い案内などがあるとありがたい。

まず東繭倉庫内で展示物と説明ビデオを視聴する。我々と同じく初詣ついで?の見学者が結構多い。それから、西繭倉庫の外観と操糸場の内部を見る。操糸機のメカの複雑さにはびっくり。構内の建物はどれも古色蒼然としているが、明治5年(1872)に建築されて、昭和62年(1987)まで1世紀余も現役で使われていたとは、明治の技術の高さに驚きである。

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富岡製糸場・西繭倉庫

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操糸場内部

山歩き前の観光を終えて、崇台山に向かう。南麓の谷津田(丘陵に谷が入り組んだ地形)の奥に入り、長岳寺入口の駐車場(崇台山・紫陽花園用との看板あり)に車を置く。ここから道標に導かれて小さな支尾根を登る。冬枯れの明るい雑木林の中、積もった枯れ葉をカサカサと踏みながらユルユルと上がる。

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紫陽花園・崇台山登山口

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尾根道を辿る

やがて、左斜面の林が切り開かれた個所に出て、下の谷に長岳寺を見る。今は葉が落ちて何の木か分からないが、この斜面が紫陽花園のようだ。ヒノキ林に入って僅かに登ると、安中市と富岡市の境界稜線に出る。

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紫陽花園から長岳寺を見おろす

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安中・富岡市境稜線に出る

市境稜線を辿って小ピークをいくつか越え、最後に短い急坂を登る。右斜面はツツジが植えられているので、開花の時期は綺麗だろう。

登り着いた崇台山頂上は円形の広場となっている。広場の真ん中には薪の山と窪みで大きな焚き火をした跡があった。初日の出を待つ人が暖をとったのかな。しかし、今は誰もいない。後で家族連れが1組登って来たが、山中で会ったのはその1組だけだった。

頂上の周囲には桜が植えられており、春には花見が出来そうだ。疎らに植えられているので、展望は妨げられない。標高299mの低山で、北麓にはすぐ下の平野の民家が手に取るような近さに見える。それでも周囲からは頭一つ抜きん出た高さがあるので、360度の眺望が得られる。ベンチに腰をかけ、展望を楽しみながらパンと紅茶で昼食とする。

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崇台山頂上への登り

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崇台山頂上

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崇台山頂上より榛名山遠望

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崇台山頂上より富岡側の景観

下山は市境稜線を南に辿り、途中から長岳寺へ支尾根を下る。長岳寺脇の小さな谷間には樹林が鬱蒼と茂り、その真ん中には銀杏の大木がある。なにやら幽邃な雰囲気に惹かれて立ち寄ってみる。

説明板によると、ここは甘楽一帯を領地とした七日市藩の藩主前田家の廟所とのこと。初代藩主前田利孝は、加賀百万石の前田利家の五男で、11才より江戸で人質生活を送っていたが、大阪冬・夏の陣で幕府軍に加わって戦功を挙げ、甘楽に一万石の領地を与えられたのだそうな。群馬にそんな歴史があったとは、興味深い。

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市境稜線から長岳寺へ下る

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谷間の長岳寺を見おろす

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七日市藩主前田家の墓所

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長岳寺入口

長岳寺からは車道を歩き、駐車場まで戻る。2時間弱の超ライトな山歩きだったが、頂上からの360度の展望は訪れる価値大だし、里山の散歩も楽しめた。宿に帰り、温泉で温まった後、天皇杯サッカー決勝戦の終盤を観戦した。

1月2日
天気:
行程:宮崎公園 10:00 …神成山(321m) 10:40〜10:45 …吾妻山(328m) 11:30 …新堀神社 11:45〜12:15 …宇芸神社 12:45 …宮崎公園 13:10
ルート地図 GPSのログを地理院地図に重ねて表示します。

正月温泉&山歩きの最終日。今日も天気は上々だ。宿をチェックアウトして、車で神成山登山口の宮崎公園に向かう。公園までは要所に道標があり、民家の間の路地を抜けると公園の駐車場に着く。車5台くらいは置けそう。WCもある。公園内に1527年建築の旧茂木家住宅(国指定重要文化財)があるので、外から見学する。板葺、石置屋根の民家としては国内最古とのことだが、意外と住み易そうだ。

旧跡を見学している間に4人家族が車で着いた。以降、このご家族と前後して同じコースを歩く。公園から道標に従い、西中学校脇の登山道に入る。「日本一きれいなハイキングコース、西上州神成山九連峰」と記された道標が多数設置されている。きれいと言っても具体的に何を差すか解らないが、道が良く整備されていて快適に歩ける点ではピカ一かも。

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宮崎公園の駐車場

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西中学校脇が登山道入口

中学校脇を過ぎると竹と雑木林の中の山道となり、ゆるゆると登る。路傍には石像が多い。まず、馬頭観音らしい石像があり、側面には「慶應二年十二月」と記されている。

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良く整備されたハイキングコース

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馬頭観音?
慶應二年十二月(1866)

その次には、首のないお地蔵さんと、素朴な姿のお不動さんがある。傍らに説明の看板があるのだが、文字が掠れて読めなくなりそう。お不動さんの方は青面金剛のような気もする。すぐ先には普寛霊神の文字碑がある。

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地蔵さん・不動さん

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普寛さん(普寛霊神)

さらに三体の不動明王像と文字碑。これは新しいもののようだ。その次に出て来る高さ3mくらいの石碑は、文字がくっきりと彫られているのだが崩し字で読めない。説明板もあるのだが、掠れて「…さん」とだけしか読めない。残念〜。

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不動明王像

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読み方が判らない石碑

興味深い宗教モニュメントは、石碑でひとまず打ち止め。露岩のピークがあり見晴台、姫天狗との道標がある。山麓の神農原辺りの田園とその向こうの稲含山の眺めが良い。

雑木林の中の尾根道が続く。小さなアップダウンが多く、変化に富む。笹に覆われた小平地には神成城跡という看板があった。左に宇芸(うげ)神社への道を分けると少し急な登りとなり、木の階段を登って神成山の頂上に着いた。

頂上は小広い平地となり、南側の眺めが良い。頂上の真ん中には石祠が祀られ、明和二?歳四月吉日(1765)の銘がある。また、御嶽大神の石碑や、一段下がった所には五大龍王と三十六童子?の石碑もあり、信仰の山であることがわかる。

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雑木林の明るい尾根道

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神成山頂上の石祠

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神成山頂上より南麓の展望

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五大龍王と三十六童子?の板碑

神成山からも明るい雑木林の尾根道が続く。標高が低いので、山麓の民家がすぐ下に眺められる。「緊急下山路、至中村」という道標を見て、左に降りる道を分け、ひと登りするとベンチのある頂上(第4ピーク)に着く。ベンチの横にはテンの剥製や獣の糞の標本を入れたガラス戸棚がおいてあり、設置者上信電鉄・山本獸医と書いてある。何故ここに置いたのか謎だ。

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山麓を眺めながら縦走

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第4ピーク

次の第5ピークには立派な石祠と石灯籠がある。石祠は北向きで、北側には参道があり、少し下った所にも石祠がある。北麓の集落からお参りに来る道だろう。木立を透かして北側を眺めると湖が見えた。地図を見ると丹生(にゅう)湖らしい。第6ピークには折れた石碑があり、御嶽と刻まれている。傍らの説明板には「打越の御嶽さん」とあった。

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第5ピーク
石祠と石灯籠がある

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第6ピーク
打越の御嶽さん

第6ピークから下ると、左側に岩壁が連なる稜線となる。上信越道を通行中に良く見える岩壁だ。尾根道を歩いていて危ない箇所は全くない。岩壁の上からの眺めを楽しみつつ歩くと、短い急登があり、吾妻山の頂上に着く。

頂上には数基の石祠がある。銘文を読み取ったカードが付けられていて、それによると1850〜1860年代に造立されたものだ。頂上付近はガレた岩山のため眺めが良く、上信越道を隔てた鍬柄岳の鋭峰が特に目を惹く。

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吾妻山への登り

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吾妻山頂上

神成山九連峰もここが最後のピークだが、日が翳り風も出て寒いので、下に降りてから昼食にしよう。露岩の多いザレた尾根を下る。途中に基部だけ残った鳥居がある。尾根の末端には祭祀跡という道標があり、ベンチが置かれている。ここから僅かで新堀神社に下り着く。赤い小さな社殿は平成二年に再建されたものらしい。中には妙見尊像が祀られ、嘉永二年(1849)作という扁額がある。

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白砂と松の尾根を下る

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新堀神社

神社脇の広場にシートを広げて、カップスープとパンで昼食にする。食べている間に晴れ間が戻って来た。神社から舗装道を降りると、神成山南麓を通る旧姫街道に出る。姫街道は信州への裏街道で、女性でも楽に峠越えが出来たのでこの名が付いたそうだ。街道に出た所には大サボテンの家がある。このサボテンは見事。少し先の児童公園にWCがある。

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大サボテンの家

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旧姫街道を歩く

あとは神成山を左に見上げながら、街道をてくる。途中の宇芸(うげ)神社は、平安時代の「延喜式神明帳」に記録のある由緒ある神社(県内には12社)だそうだ。祭神は倉稲魂神(うかのみたまのかみ)。参道の石段を登って、本殿にお参りした。

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宇芸神社

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丹生湖畔より妙義山を望む

新堀神社から1時間弱の街道散歩で、車を置いた宮崎公園に戻る。全行程でも休憩を入れて3時間+αの軽い行程だったが、終止明るい雑木林の尾根歩きで展望にも恵まれ、変化があって快活な山歩きが楽しめた。

帰りは、神成山縦走の途中で見えた丹生湖に立ち寄ってみる。堰堤でせき止めた大きな溜め池で、周囲には丘陵に畑が広がり、ちょっと北海道チック。ここから湖面越しに見る妙義山は、雄大に見える。

下道を走って高崎駅でS&Sと別れ、高崎ICから北関東道に乗って桐生に帰った。


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