城峯山

2009年1月11日(日)
天気:
メンバー:T
行程:石間交流学習館 10:05 …漆木・中郷分岐 11:05 …城峯山(1038m) 12:30〜12:55 …城峯神社 13:10〜14:20 …半納登山口 15:15 …半納・堂の尾根 15:25 …石間交流学習館 16:05
ルート地図 GPSのログを地理院地図に重ねて表示します。

秩父盆地の北にあり、頂上から360度の展望が得られるという城峯山に登って来ました。山頂直下まで車道が通じているので、マイカーで上がればごく簡単に登れる山ですが、今回はネットの山行記録や下記URLで見つけた南麓の石間(いさま)川から城峯山を周回するハイキングコースを歩いて来ました。

桐生を車で発ち、伊勢崎、児玉、皆野を経由して、登山口の石間川・中郷の集落に向かう。途中で秩父の椋(むく)神社に立ち寄る。明治17年(1884年)11月1日、民衆による武装蜂起では日本近代史上最大と言われる秩父事件が勃発した地だ。三千人余の農民が集結したという境内も、今日は人影も疎らで薄ら寒く、当時の熱気を想像しようとしても難しい。境内の一角には「秩父事件百年の碑」や秩父事件の戦場を示す地図があり、興味深く読む。2階建ての観覧席のような建家があるのは、龍勢祭りのためのものらしい。境内からは、北側の山の中腹にある龍勢の発射台が良く見え、その奥には城峯山も眺められた。

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秩父事件蜂起の地となった椋神社

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椋神社より龍勢の発射台と城峯山(奥)

椋神社からさらに車を走らせて、山間に集落が点在する石間川沿いの県道を上がる。石間交流学習館のすぐ先に広い駐車場があり、ここに車を置く。他の車はない。県道を少し戻った所に「中郷登山口入口(城峯山登山道南尾根コース)」という立派な道標とルート地図があり、分岐する車道に入る。すぐに集落を抜けて山に取り付くと「中郷登山口」という道標があり、ここから山道が始まる。杉林の間に点在する畑の作業用らしい道を登って行く。屈曲と分岐が多いが、要所に道標があるので道は分かり易い。

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石間交流学習館(旧石間小学校)

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南尾根コースを登る
15号鉄塔付近

眺めのない杉林の中の道が続き、露岩のある「展望岩」でようやく両神山方面の展望が得られるだけだ。漆木からの登山道を合わせると、だいたい尾根の上を辿る道となる。

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展望岩から両神山を望む

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漆木・中郷分岐

左側の木の間に城峯山頂上の電波塔が意外と近くに見える。岩場のある稜線を登り詰め、18号鉄塔・白岩への道を分けると雪の付いた急坂の下りがあり、滑らないように慎重に降りる。

杉林に囲まれた尾根道を進むと、右側斜面が大規模に皆伐された個所に出て、秩父盆地方面の眺めがパッと開ける。まき道を右に分けて、真っすぐ尾根伝いに登る。一方、伐採地を水平に進むまき道は、いつしかかなり下になっていた。あのまき道と合流するということは、もしかしてあの高さまで下るのかいな(そしてこの予想は当たった)。

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まき道分岐

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伐採地より秩父盆地の展望が開ける
右の鋭峰は武甲山

展望を楽しみながら登り詰めると、樹林に囲まれた914m標高点で伐採地は終わる。道標があり、直進は「行き止まり」、城峯山は右を指している。行き止まりはどうなっているか、少し先に進んで見てみると、「上カワコ岩?497(中間)」と記した板が木の幹に付けられていて、その先は崖になっていた。うーむ、これは確かに行き止まりで降りれない。

道標に従って右に下り、滑りやすい雪の斜面をこわごわトラバースして崖の下に出る。さらに狭い尾根をどんどん下って、鞍部でまき道と合流した。ここは(特に雪のあるときは)まき道を行く方がお勧め。

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914m峰からの滑り易い下り

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まき道との合流点

鞍部から登ると再びまき道分岐があり、今度は素直に巻くと、程なく頂上南斜面の林道に出た。路面は雪に覆われているが、何台もの車の轍が残っている。林道を横断してさらに尾根を辿る。道を間違えたかと思うくらい急で道型が怪しい坂を登ると、頭上に巨大な電波塔が現れ、城峯山の頂上に登り着いた。

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林道合流点

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城峯山頂上へ最後の急登

一等三角点のある頂上では、カップルが日溜まりの草地で昼食にしているところだった。12時半を回ってお腹が減ったが、まずは電波塔の中段に設けられた展望台に登って、眺望を楽しむことにする。

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城峯山頂上

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城峯山の巨大な電波塔兼展望台

展望台からの眺めはまさに360度。南の秩父方面は逆光になって霞んでいるが、その他の方向は遮る物もなくクリアだ。右回りに眺めていくと、まず両神山のギザギザの稜線が目を引く。東西御荷鉾山の間には、白い浅間山が見え、噴煙の量が多いのが気にかかる。北には神流湖の緑色の湖面と雨降山、奥に榛名山、さらに奥には草津白根山あたりの白銀の山々が見える。北関東の平野部が一望で、双眼鏡で見ると桐生の町並みも確認できた。日光連山では男体山がひと際抜きん出ている。関東平野の向こうには、筑波山の山影が遠望できた。関東平野の中程に見える高層ビル群はさいたま新都心のようだ。

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城峯山の展望(1)
両神山を遠望

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城峯山の展望(2)
赤久縄山、御荷鉾山(右)

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城峯山の展望(3)
赤城山、日光連山

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城峯山の展望(4)
左奥にうっすらと筑波山

展望を満喫した後、頂上は雪に覆われているし、電波塔基部の腰を下ろせそうな所は上から解けた雪がぽたぽた落ちて来るので、すぐ下に見えている城峯神社まで行ってお昼にすることにする。

稜線上のサラッサラの雪を踏んで下り、城峯神社の広い境内に着く。神社にお参りしたのち、神社前の広場の隅にある大きな切り株に腰を落ち着けて缶ビールを飲み、鍋焼きうどんを食べる。正面には、登って来た南尾根や、これから下る石間川の谷と半納の集落がよく見える。上カワコ岩の下りは、ここから見てもやはり急だ。

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粉雪を踏んで城峯神社に下る

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城峯神社

昼食後、デジカメだけを持って、近くの将門隠れ岩に立ち寄ってみる。岩穴でもあるのかなと思っていたら、なんと難度妙義クラスの鎖場が出現。長い鎖を登ると、庇状で雨風は防げそうだが、全く休む場所のないの岩場に突き当たって終点となる。ここが隠れ岩らしいが、こんなところに隠れていた?なんて、平将門、凄過ぎ(^^;)

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城峯神社より城峯山頂上を仰ぐ

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将門隠れ岩への鎖場

城峯神社に戻り、ザックを背負って、さて下りますか。神社の隣りのキャンプ場(一面雪に覆われて、もちろん誰もいない)と杉並木を通り抜け、石間峠への林道と別れて表参道を下る。参道と言っても宗教的モニュメントは何もなく、眺めのない杉林の中を緩く蛇行して下るいささか単調な道だ。

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城峯神社の杉並木

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表参道コースを下る
第1ポンプ場付近

途中で、男衾登山口への道を左に分けて、半納の集落へのトラバース道に入る。集落の端の半納登山口に着いて振り返ると、城峯山の頂上がわずかに頭を出して見えていた。

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半納登山口に下り着く

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半納登山口から城峯山を振り返る

半納は、南向きの開けた斜面に多数の民家が点在する山村だ。現代的な建物も意外と多いが、二階建ての養蚕農家も残っている。このような山地にも豊かな暮らしぶりが窺える。しかし、秩父事件では、神官の家を除いて全戸が蜂起軍に参加したと言う。官軍との激戦地の一つになった半納の横道(現地の標識では「堂の尾根」)に立ち寄った。畑の中の小道を少し登ると、傾いた火の見櫓と常夜灯、庚申塔がある堂の尾根に登り着く。どちらを眺めても穏やかな山村風景が広がって、ここが何故戦場になったのかは想像力をフル回転させるしかない。

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半納・堂の尾根
秩父事件の激戦地の一つ

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堂の尾根から見た半納の集落

半納の集落から、大きく蛇行して下る車道を山道で適宜ショートカットして、谷に降りる。大鳥居を潜り、沢戸の山上集落を見上げながら陽の陰り始めた石間川沿いの道を歩いて、駐車地に戻った。石間交流学習館にも秩父事件の展示資料があるが、今日は既に閉館しているので、またの機会ということで。

帰りは秩父満願の湯に初めて立ち寄る。とても繁盛している日帰り温泉で、渓谷に面した露天風呂もあってなかなか良い所。秩父方面に出かけたときの定番のになりそうだ。

参考URL:計画の際、吉田観光協会の「山歩き」と「歴史」のページを大変参考にさせて頂きました。


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